ディ
ナー
ルーム

愛を告ぐ

 何かがおかしい、と蛭魔妖一が気がついたのは彼女が自分の家に宿泊し、その上また夕飯まで作って、後片付けをしている時だった。
 高校時代から付き合いはじめて、もう数年が経つ。瞼が落ちるか落ちないか寸前の姿は勿論、 朝の寝起きも、掃除をする姿も、買い物をする姿も、夕飯を作る姿も、ましてや後片付けをする姿など蛭魔にとっては見慣れたも同然の筈であった。
 ひとつひとつの動作は既視感すら生まれているのに、それが連なっていると違和感があった。しかし、違和感という言葉では片づけられない。 『違和感』という言葉がマイナス表現の意味合いが強く、その言葉は蛭魔の中では当てはまらないのであった。
「なに、どうしたの?」
 ノートパソコンの影から睨まれているので、彼女は問うた。そう言われて蛭魔は自分が姉崎をずっと見ていた事に気が付き、思わず画面に視線を戻しながら なんでもない、と一言投げ返した。
「ふーん。それはそうとコーヒー、入りましたよー」
 キッチン近くにあるテーブルから、ソファーへ移動を促した。それに従い蛭魔はパソコンを持ったまま、移動してどっかりとソファーに座り込んだ。
 数秒差で深い黒いコーヒーと白に近いコーヒーを両手に持った彼女が現れた。エプロンは纏っていなかった。蛭魔の隣に座ってて、カップを両手で包んだ。
「これ、今日買ったやつだよ」
 それは今日、一緒に出かけた先で購入したカフェオレボウルだった。ピンクと赤で迷ったようだが久しぶりにデビルバッツカラーで!といって 赤いカフェオレボウルを嬉々として購入した。しかし中にあるのはカフェオレとは言い難く、むしろ
「カフェオレっていうより、牛乳だな」
「だって苦いんだもん」
 とお決まりの科白を言って、カフェオレに口をつけて飲みはじめた。蛭魔もつられるようにして、いつも使用しているカップを手に取った。
「パソコン置いた方がいいっていつもいってるでしょ」
 膝にパソコン置いたまま、コーヒーを飲む姿を見るとひやひやするからやめて欲しいと、蛭魔は常日頃口うるさく彼女から言われていた。
「壊れたらその時までだ」
 適当に誤魔化すと、彼女はもう!と怒って立ち上がって、再びキッチンへ移動した。手にはカフェオレボウル。
「砂糖三本も入れないほうがいいっていつも言ってるデショー!」
 声真似をした彼の姿に、口を尖らせて
「う、うるさい!」
 という。そう、この一言だって付き合う前から聞いていた。これだって昨日から何回聞いたかわからない。なのに蛭魔には最早その科白すら おかしさを感じる。砂糖の入れすぎたカフェオレだって、昨日も飲んでいた。もう何かではなく、すべてがおかしい。
 キッチンから再び戻ってきた彼女の手には見た目は変わらぬが味が格段に変化したカフェオレと、そしてその中では銀色のスプーンがくるくる回っていた。 砂糖を溶かすためらしい。
 座った横顔も、かき回す姿も、再びカフェオレを飲んで顔が煌めくのも、飽きるほど見ているのに。
「なんか、面白いよね」
 蛭魔は一瞬自分が口にしたのかと思ったが、彼女が自分を見ていたので彼女が言っているということに気がついた。
「面白いのはその顔だ」
 それ失礼!、にこやかに笑っていた顔が瞬時に怒った顔に変わったので、蛭魔はそれが面白くて面白くて堪らなかった。絶対に本人の前では 笑いはしないけれど。
「で、面白いって何がだ」
「だってさー、合宿以外で連泊って初めてなんだよ実は」
 カフェオレをまた飲んでいた。その顔は少し赤くなっていて、蛭魔は思わずあいた口がふさがらない。蛭魔にとっては最大の不覚だった。 くだらねぇ、と一蹴したかったのにさすがに出来なかった。自分自身が一番浮かれていたなんて、口が裂けても言いたくない。
「どうしたの、きょとんとして…蛭魔くん、今日変よ」
 ぽかんと口を開いたままの蛭魔を覗き込むようにして、姉崎は聞いた。蛭魔はそっと口を閉じて、そのあと真顔に戻った。
「ああ、今の俺ならそのカフェオレでも飲めそうだ」
「え、飲みきっちゃったけど」
 空のカフェオレを見せつけてきた。比喩だ、馬鹿。
 悪態を付く代わりに蛭魔は、彼女にキスをした。

「ひるまくん、にがい!!」
 
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