舞台裏

スタ

ディ
ング・
オベー
ション

 ビリー・ジョエル、随分としぶいものをチョイスするものだ。少し年のいった人たちのバンドかなぁと思ったけど、 確かムギ先輩が私達の次の演奏するバンドの人たちに声をかけられてたような気がする。
 それにしても私達のかわいらしい曲調とは打って変わって、なんという正統派だろう。演奏は地味だけど、発音はうまいなぁ。でも、 主催者さんはもう少しバンドの順番を選んだほうがいい。余計なお世話だと思うけど。
 そういえばビリー・ジョエルは雨の日に聞くものだと言ったのは誰だったけ。さわこ先生?いや、もっと有名な人だ。思い出せないけど、何かの歌詞 だったような気もする。
 そのBGMと湿気に混じって、唯先輩の吐く息が聞こえてくる。あつくて、ただでさえ緊張感から抜けて汗がどっと出ているというのに、それを 助長させるような唯先輩の抱擁。
「成功したねぇ」
「でもやっぱり雨だと響かないですね。乾燥した日がよかったな」
「でも歌歌う私はこれくらいの方が丁度よかったよ。暑かったけど」
「……唯先輩、歌うまくなりましたよね、ギターもですけど」
 私がそう言うと、唯先輩はまた一段と私を抱きしめた。カーテンの向こう側では律先輩とムギ先輩と澪先輩が騒いでる。 いつもの軽音部、高校時代の先輩達が卒業したあの日の軽音部がそっくりそのまま、まるで一時停止してたテープをそこから再生 するような。場所と時間は違えど放課後ティータイムがここにはある。
 でも私と唯先輩はいつもと違った。演奏が終わって舞台裏へ下がると唯先輩が私の手を引いて、ムスタングを壁に立てかけさせた。 もうすでに唯先輩は愛器であるギー太は壁に立てかけていて、Tシャツの裾で額の汗をぬぐっていた。私もタオルか何かで顔を拭きたいな、 と思いながらムスタングを立てかけると、すぐに私をこれでもかというくらい抱きしめてきた。
 あついです、唯先輩と言っても離す素振りは見せない。それどころか更に私を抱きしめる、というよりは締め付けるように私を離さない。
「あずにゃん、私、うまくなった?」
「はい、びっくりしました」
「ほんと?」
「ほんとです」
「ほんとにほんと?」
「ほんとにほんとにほんとです」
 というと、漸く唯先輩は私を解放した。顔を上げると演奏後、初めて見たその顔は目には涙がたまっていて頬は上気していた。
「私、やっぱあずにゃんじゃないとだめだなぁ」
「それってどういう事ですか、他の人と組もうとしたって事ですか」
 ううん、と唯先輩は首を大きく振って、また私を抱きしめた。しかし先程とは打って変わって、優しくまるでギー太を取り扱うかのように 優しく、抱きしめられた。
「あずにゃんがいないと、バンドしてる意味がもうなくなってる、ってことだよ」
 ああ、あれを歌ったのはさざんだ、って思い出しながら、私は唯先輩をそっと抱きしめ返した。
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