頭に激痛が走る。
 最初に視界に入ったのは万事屋の天井。順繰りに辺りを見渡すと四角い窓から見えるまだ日も出ていない空と街灯。砂嵐のテレビ。何故か真横にあるソファー。どうやらソファーで寝た上そこから勢いよく落っこちてしまったらしい。
 卓上にはまるでダメなオッサンを露呈するかの如く空いた缶ビールが数本転がっている。男一人で飲むよりその辺のオッサンや長谷川さんとでもいいから盃を交わした方がマシだからと外で飲むのに、一人酒を煽ってしまった。
 やはり酒は一人では飲むものではない。酔えば頭の回転はひどく鈍くなるのに、過去の忘れていた思い出と残像がやけにリアルになって、目の前に「過去の自分」が急に輪郭を濃く帯びる。
 そして酔いが醒めると覚えているのは酒を飲む前の自分と最も印象的な思い出を持ってきた過去の自分なのだ。酒が入ると思い出話に華が咲き、憂う、というのはきっとそれだ。間違いない。
 今日の過去の自分の置き土産は「大切なものを失う瞬間」だった。あー、目覚め悪。
「痛…」
 風呂に入ってない所為か普段より更に爆発した髪の毛の上から打ってしまった部分を撫で、瘤が 無いのを確かめるとソファーに体を埋めた。だが酒の所為もあって頭は鐘を打つようにがんがんと鳴り響き、再び寝ようと画策する俺を邪魔する。否、邪魔をしているのはもっと違うものだ。
 そもそも俺はあそこで寝たふりをしたんだろう。おい、と一声かければそんなの阻止できたわけで。
 「銀ちゃん、寝てる?」  とあいつは狸寝入りを決め込んでいた俺に声をかけて、返事をしないのを確認するとサンタクロースという名の役者になりきった親御さん達か盗人のように忍び足でここから出て行った。
 逢瀬するならバレないようにしてくれ、頼むから。お前らは楽しいかもしれないが保護者である俺や真撰組は見て見ぬふりを決め込まなきゃなんねぇんだ。つーかまだ帰ってきてねぇのか?
 坊主が鐘突きをしている頭をぶんぶんと振り、あいつがいつも寝ている押入れの引き戸を開ける。勿論、というか御想像通り空っぽ。空虚、という言葉がよく似合う程である。下段で寝息を立てていた定春が不機嫌そうに俺を睨みつけた。
「…ふん」
 誰もいないのにあからさまな「ふん」ってなんだよ俺。 つーか誰に対してのふん、なんだよ。神楽か?総一郎君にか?あー、お前も仲間か。なんて同族意識を定春に持ってしまった自分にか?
 離れていくと分かっているのに、そして自分がこのことに対して答えを出す気も、勝負をする気にも、一番近くに置いておくという選択肢もないのになんだこのハートブレイクになった気分は。一方的に「フラれた」この気色悪い感じ。

「う…わ!」
 寝なおすか、と思い踵を返すと砂嵐の音の所為で足音に気がつかなかったが俺の背後には 神楽がパジャマではなく普段着で突っ立っていた。
 う…わ!というセリフはどっちが口にしたのか分からなかったが神楽の口が開いているからきっと神楽が言ったんだろう。

 おまえどこいってたんだよ
 沖田君のところか
 屯所はさすがにないだろうからどこで会ってんだよ

 聞きたいことは山ほどあるのに俺の口から出てきた言葉は
「…厠か」
 だった。なんて小心者な自分。いや、心は小さくないんだ。ただ他の人よりも繊細なだけなんです、えぇ。
 一方、神楽の方はその言葉に乗っかって
「そ、そうアル!やっぱ寝る前にオレンジジュースは駄目ネ!」
 嘘つけよ、ジュースのがぶ飲みなんていつもしてんじゃねぇか。しかもドモりやがってこんにゃろ!
「だから言ったじゃねぇか。さすがの銀さんでもおねしょの処理はできねぇからなぁ、気をつけて くれよ」
「…はーい」
 神楽はこそこそと押入れに入り、おやすみ、といって引き戸を閉めた。 俺の視界から消えた神楽はもぞもぞという音を立てながら寝る準備に入っている。
 俺はその音を聞きながら身体をぼりぼりと掻き、押入れの前を去りそのまま応接室のソファーにずぶずぶと腰を静めた。
 チャンネルを回すと砂嵐か通販番組かを放送終了を告げるカラーバーだったので仕方なしに電源を落とした。卓上に転がる缶が視界を遮るのでなんとなく整理をすると、飲みかけの缶ビールに当たった。
 一気に飲み過ぎて嘔吐感が込み上げたため思わずたじろぎ飲むのをやめ、そのままトイレに駆け込んだ。そして性懲りもなく飲み直そうと思った際、飲みかけの存在を忘れて別の缶を開けてしまった。勿体無いので飲むと炭酸も抜け、温くなったビールが喉に纏わりつくように胃に下りて行った。

「…マズ」

 もっと前に躊躇せず潔く飲んでおけば美味しく頂けたのかもしれねぇなぁ。
 こいつもあいつも、あの時だって。

 俺は缶ビールを置いて時間を確認してあと3時間は寝れると計算してそのままソファーで眠ることにした。
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