ミルク色に染まった空を見て、銀時は久しぶりにコーヒー牛乳でも飲みたいなぁ、と思った。
「沖田くん、コーヒー牛乳おごって」
「ハートつけてもおごりやせんぜ」
「ケチだねー」
 沖田と同様、自動販売機に金を入れようとしたが、生憎、五千円札しか見当たらない。横目で沖田を見やると、奢りでいいです、と言って沖田は内ポケットから再び財布を出して小銭を渡した。
 銀時はコーヒー牛乳がなかったので、仕方なしにココアを選んだ。冷え切ってしまった手にホットココアは熱すぎて、両手で冷ますように缶を転がした。あたり付きの自販機だったがどうやらはずれだったらしく「また来てね☆」というかわいらしい声が返ってくるだけだった。
「いやー、ほんと便利になったもんだね。自動販売機なんて」
 手袋をはずしてプルトップを開けながら銀時はそう口にした。旦那の頃は、と言おうとしたが武州に居た頃だって自動販売機はなかったのでやめた。沖田も釣られるようにしてコーヒーのプルタブを引っ張る。独特の空気の抜ける音と金属音は雲に吸収されれように響かない。
「おひとりですかい」
「ん、今日はね。散歩。神楽は家でごろごろしてるよ」
 沖田は苦虫をつぶしたような顔をしながら、コーヒーを飲んだ。勿論、コーヒーが苦いからではない。銀時はうめぇ、とほっとしたような息を吐いて今一度、ココアに口を付けた。沖田の顔は見なかった。
「…それ、俺に報告する必要ありませんよね」
「そうかな?そんなことないんじゃない。好きでしょ、君」
 危うくコーヒー牛乳を拭きだすところだった。口に手を押さえて、喉に熱い液体が通り過ぎるのをしばし待つ。だけれども銀時はそんなこと知ってか知らずか、ココアを淡々と飲み続けていた。
「好きではないです」
「嘘付いちゃうの?真選組の一番隊隊長様は」
「秘密裏に働かなきゃならない事例もあるんでさァ」
「あ、認めた。嘘だって」
 こうやって皆、旦那に流されちまうんだなァ。沖田はコーヒーの口を睨みつけた。小さい口からは暗黒が見えて、少し波が揺らめいている。まるでブラックホール。吸い込まれては二度と出られない闇。今の沖田の近くにはブラックホールが二つ存在している。一つはコーヒーの中、もう一つは隣にいる男。
「仮に俺がチャイナを好きだろうがなんだろうが旦那には関係ないでしょう」
 あ、もう飲みおわちゃったと真っ白い溜息を吐いて空いてしまった缶をゴミ箱に投げた。見事、ゴールして高らかに他の缶と接触する音がする。
「関係あるんだなー、これが」

 そこの人、危ないよ、下がって。巻き込まれたいの?なら向こうまで下がって下がって。

 事件が起こる度、口癖のように言っている科白が頭の中で鳴り響く。その声は明らかに自分の声だった。でも今の沖田の声ではない。幼いころの自分自身の声だった。あぶないよ、また、傷つくの?
「俺、神楽の事好きになっちゃったんだよねー」
 ブラックホールから顔だけ懸命に出すように沖田は真っ白い息を空に吐いた。
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