雨は思考を鈍らせる、というのは私にはまず通用しない。発火布が使えない分、全てを鋭敏に捉えざるを得なくなる。表情も、声も、何もかも。

「あ、傘忘れた」

まずい、と思えば時すでに遅し。長年の癖で中尉の席へ眼をやる。想像通り、私の副官は上官である私を蔑んだような眼で私を見ていた。君、標準機越しでもそんな眼をしてないだろう。たかが傘を忘れただけなのに。
そもそも雨が降ったなら、ここからタクシーで帰ればいいだけの話であろう。だが、彼女曰くそういう意味ではない、階級持ち軍人としての意識の問題らしい。
以前に老いぼれもとい、いずれ私に椅子をお譲り頂く事になる方々と戦闘能力が一緒になるだけじゃないのか?そう説いても彼女は『では、大佐、私と銃器で勝負致しますか?』と真面目な顔で言い放ったので、それ以上は聞かない事にしたわけだが。
私が言い返すのを諦めたのに、一歩も下がる気がない彼女。だが私はそれでも応酬を続けるのだから本当にどうしようもない。

「貴方は少佐の時も中佐の時ですらそうでしたね。誰よりも気にしなければならない立場であるにも関わらず、雨をまったく気にしない」
「君が甘やかすからだろう」
「人の所為にしないでください、子供じゃないのですから」
「男はいつでも大人になるし、子供にもなる。習わなかったかい」
「残念ながら、ハイスクール時代も士官学校でも習いませんでしたね」
「じゃあ教えてあげようか」
「結構です」
「意味を履き違えてるのではないか、中尉」

そう言えば軽蔑と嫌悪を混ぜた表情で私を見る。いつもならこの辺りで ―あくまで私にとって、だが― 言葉遊びを止めて、いつも通り職務に勤しむが、彼女以外の部下は皆、タイミング良く出払っていた。 その上、わずかばかりであるが全ての物事がうまく落ち着いてしまったのだ。その途端、私の全てがうずく。

「雨の日は無能なのは錬金術の面だけだと信じたかったのですが『そちら』の方も無能なのですか。履き違わせるような行動をしているのは大佐でしょう」
「そうか、そんなつもりは」
「ない、なんて言わせませんから」
「中尉、そんな行動をした対象を聞かせてくれないか。なにせ雨の日は無能だからね、忘れてしまったんだ」

晴天よりも、全ての移り変わりがよく判ってしまうので、愉快で愉快で仕方ない。
今までの冷徹な顔にほんの少しはじらいと、言葉を返す一瞬のためらいが生じる。このような小さな変化は私しかわからないであろう、いやわかってたまるものか。彼女くらいにならわからせてもいいが、そんな事を言えば銃口を向けるどころか、弾丸が綺麗に飛んでくるに違いない。
そしてこの瞬間が、私に優越とそして彼女に対しての好意が増長する。堪らなく愛おしくなる。
それを必死に押し隠しながら、私は雨の日はより一層彼女の小さな嘘を嗜めるのであった。
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