ああ、星が東方司令部にいた時よりも綺麗に見えないけれど、下水工事は整備されているから匂いは少なくていい。
少しでも首筋を伝う唇の動きから意識を逸らそうと見上げながら関係ない事を考えたけれども、感度が増しただけだった。声を上げたくないので必死に我慢して、首筋にうまっている頭をぐ、っと押した。眼は見ないようにしないと、多分、なだれ込む。なだれ込んだ行為なんてしない方がよい。
それを回避すべく私が俯きながら眼を瞑った。それを相手は恥ずかしいがっていると判断したらしく、痛いくらいに抱きしめられる。嬉しそうに笑う声も聞こえる。
「そうだね、もうここではやめておこうか。とりあえず食事でも」
「はぁ」
「嫌そうだね」
「まったく……もっと普通に誘えないものなのですかね」
「普通に誘っても君は断るだろう」
「路地裏で待ち伏せされて、いきなり引っ張り込まれるよりはましですね」
「おや、じゃあ今度からはちゃんと手筈を整えて段取りよく君を誘うとしよう」
右わき腹をつねりあげると悲鳴を上げる。左わき腹を選ばなかっただけでも私の優しさだと思って頂きたいところではある。
しかし、未だ私はこの人の中に抱き込まれている。解放する気は私がイエスというまでない模様。この人は知っているのだ、自分が押し続けたら私が断れないのを。
「ましだ、と言っただけです。いいとは言ってません。それに、腹は生憎そこまですいてないですね」
「じゃあ選択式にしようか」
「はぁ」
ようやく私を解放するや否や覗き込むようにして私を見る。ああ、想像通りの眼だ。逸らしたくなるが、顔を掴まれる。眼は逸らすことが出来なくなってしまった。頬に触れる手の平は昔より、ずっとごつごつしている。 あの時のように少しだけ柔らかい手は微塵も見当たらない。思わずうっとりと瞼が降りそうになる。
すると大佐は息と息が交わる距離でつぶやいた。彼の息遣いが全て強制的に脳内の入ってくる。
「このままキスするのと、食事いくのどっちにする」
 こうやって、逃げ道を作る。傷つくのは貴方なのに。
「……食事で」
何事もなかったかのように私の手を取って、大佐は路地裏からすたすたと歩き出した。
人通りの多く、街灯のついている場所では星も見えないが、悪臭も漂ってなかった。その代わり、ショーウィンドウが華やかで、食欲をそそる匂いが充満している。
手はがっちりと掴まれて、大佐は私をリードするように歩く。まるで踊っているように。
「大佐って、意外と紳士ですよね」
「ああ、見直したか!」
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