ああ、そうだよな、こんな季節かと落ちる葉を見ながら思う。そして立ち上る煙草の煙は、もう少ししたら木枯らしが吹き、まっすぐに伸びなくなるだろう。

少佐が長期休暇を取るのはいつもこの時期だった。
この建物にいる人間の大多数が夏にバカンスを取りたがる中、少佐はだけは俺が配属された時からカレンダーと自身のスケジュール表を見て皆で順繰りに長期休暇を回して頂戴、私の事は気にしなくていいから、と言っていた。俺やブレダ達に対しては言わずもがな、と思っているらしく彼女が中尉になったあたりで、その言葉は無くなった。
そして彼女が不在して三日目。そろそろ来る、と思っていたのが今日だった。この人は少佐と違い無計画にいつもいきなりである。
無論、少佐がいればこんな事にはならないだろうけれども、中将が毎回こんなになってることは恐らく知らないだろう。
否、解ってて言わないだけかもしれない。彼女が少将の行動を読めないわけがない。もしかしたら俺達に対して無言の訴えなのかもしれない。たまには、私の苦労も思い知って頂戴、と。アイマム、それなら申し訳ない。
しかし、他の人間に比べたら俺らは中将には振り回されてる方だ。彼女と別れさせられたり、その彼女にうっかり脊椎刺されたり、こうやって無理矢理またここの執務室に居座ってたり。ただ比較対象が偉大すぎるだけで。
「明後日から二日間、休暇を取る。だから引き継ぎやっておけよ」
ブレダと俺は顔を見合わせた。へーい、と空返事をするのは勿論二人だけで、他の人間はあたふたし始める。まぁ今回は俺かブレダが休日返上の犠牲になればいいだけの話だが、恐らく明日の昼休みは部下達の中将への悪口とシチューを一緒に食う羽目になる。何を言うんだ、まだ二日前に言っただけマシだ。
去年は前日に急遽南方司令部へ視察に行くことになった、現地にはフュリー少尉がいるから気にするなと言った。その後、フュリーが隠蔽工作に追われたことは記憶に新しい。
一番ひどかったのは三年前だ。当日に腹が痛いから休むと言いだして、休暇を取った。
当時、アメストリス全土でウィルス性の下痢が流行ったのに完全に乗っかったのである。証明書を提出の際、ノックス医師がんな理由で書けるか!と駄々こねたらしく、仕方なしにわざわざマルコー医師の元に出向いたという恐ろしい伝説がある。
毎年毎年こんな目に合うのだからせめて俺かブレダには言っておけよ、と思う。だが言わないのには理由があるだろう。その理由に関しても大体察しは付いた。
いつも少佐が長期休暇の直前は緊張している。あまり人を寄せ付けない雰囲気も崩れているように見受ける。隙がある、というより何か考え事をしている。そしてこの時期だけだが、立場が逆転するのは中将だ。気の回し方が尋常じゃない。逐一、顔色を窺っているそぶりを見せた。
今回もそうだった。帰宅時をなるべく一緒にし ―そもそも二人がどこまで進んでいる仲なのかもよく解らないが― 最低でも晩飯は食っているようだった。そんな趣旨の事をさりげなく言っていたような気がする。
そういえば、かつて命知らずの部下が「ホークアイ大尉はどちらにバカンスですか」と聞いていた。俺達の長年の代弁者であり、死刑台に立った。恐ろしくて顔を上げることはできなかったが、俺もブレダもその時たまたま北方司令部から中央に出向していたファルマンも耳は完全に彼女の声を拾おうと躍起になった。
記憶は定かではないがその時、あの人はいなかった気がする。いたら私語は慎め、等と口を挟んでいたに違いない。
「バカンスと言ったらバカンスなのかも知れないけれど、そんな楽しいものではないわよ」
あまりにもきっぱりとした口調だったので、その部下も尻ごみしてしまいそれからは何も聞かなかった。それに中てられた所為か俺達はその後、食堂ですらその話をしなかった。
これは勝手な予測であるが、きっと彼女は毎年同じところへ行っているのだろう。そして彼女と同じ場所に彼女の上官も向かってるに違いない。 こっそりバカンスなのかもしれないが、それなら中将も少佐も明るい顔をしてるだろう。恐らく誰かの墓参り辺りが妥当だろう。
しかし一、部下に対して、いくらリザ・ホークアイだからと言って、中将が付いてくのはありえない。
それなら?だが、こんな考え事は既に俺が少尉時代に終えた事だ。

空に線をかくようにあがる煙、落ち始めた葉、リザ・ホークアイの長期休暇、ロイ・マスタングの突然の不在宣言、消滅した俺の明後日の休み。

秋が来たのだ。ただそれだけの話だ。
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