目星はついている。先週はあそこだったから、きっと今週は違う場所に違いない。それにこの気温、湿度。
資料室をリザが開けると、薄暗かった。場所が北向きにあるせいか窓はあっても、光が入らず更には大きな地図のような物が封鎖している。部屋はひんやりと冷たく、ここだけは真夏の暑さも喧騒もない。
明るいところから暗いところに入ったので目が慣れるのに時間がかかったが、本棚の影から足が見えた。人間かはたまた人形が床に横たわっているようだ。
やはり、と思って進むとリザが探していた人物が床で寝そべっていた。
国語教師が本を枕にして寝るなど、言語道断な気がするがショートホームルームもリザに丸投げするような男に教師における常識など通用するのだろうか。
リザはよくこんな週1でしか掃除しないところで、と思ったがどうやら自分でこまめにしているらしい。そんなことをするくらいならショートホームルームは勿論、生徒会の会議ぐらい立ち会ってほしい、とリザは心中で思う。
「マスタング先生、起きてください。もう放課後です」
「そんな仁王立ちして…もっと可愛らしく起こせないのかい」
「可愛らしく起こしたらSHRも会議も出席していただけるのでしょうか」
「可愛らしく起こしたら考えよう」
「例えば」
「マスタングさん、起きて、ちゅ、とか」
リザは何故この人は教師になったのだろう、と思った。確実に不向きであろう。フェミニストなところは百歩譲ってもサボタージュするなど合ってはならぬ事だろう。
しかしリザをはじめとしたロイのクラスの生徒は寛容だった。教師としては底辺でも、個人として対峙するのであれば教師の中では一番いい。なんといっても尻ぬぐいは生徒会会長であり、クラス委員でもあるリザ・ホークアイが行っているから文句は出ても、不満が噴出することはない。
「君がいるからふざけることが出来るんだよ、リザ」
「おふざけという事を認識される程度には常識があるのですね」
「いや、私が求めていたのはそういう答えではないのだが。喜びたまえ、この私が信頼を置いているのだぞ」
「信頼より教師としての実績が見たいのです」
ロイは身体をようやく起こして、リザの顔を覗き込んだ。
「で、君は何しにきたの」
「ここに判子を貰わないと私は帰宅できません」
リザは手に持っていた白い紙を見せた。ロイが焦点を合わせると確かに自分が捺印しなければならないものだった。それに記憶が間違いでなければ締め切りは今日だ。ズボンのポケットの右と左を確認する、もう一度右。
その様子に見かねたリザは胸ポケット、と言うとまさに探していた判子があった。
床に紙を置き、捺印をしながらロイは言った。
「もう君に判子渡しておこうか」
「結構です」
「探す手間省けるぞ」
「まぁ、探しに来るのも息抜きになるので意外とそこは問題ではないのですよ」
「珍しく可愛らしい事いうじゃないか」
「会議で話し合われた事をまた説明するのでどっちにしろ二度手間になるので、という意味です」
紙をぺらぺらと乾かしながらロイは含み笑いをしてリザを見つめた。
「目は覚めましたか。職員室に戻られますか」
「ああ、目は覚めたけど行く気は更に無くしたな」
そう言いながらロイはリザに紙を差し出す。そしてそれには嫌な予感しかしなかった。色々計算している間にリザは身体のバランスを大きく崩した。ああ、またか。
つい先程まで蒸し暑かった生徒会室につめていた所為か、リザの身体はどこもかしこも熱かった。その身体があの生徒会室よりも更に熱い熱気に包まれて眉間に皺が寄った。
ロイはこの瞬間の彼女の顔を知らないし、リザも見せるつもりはない。
何回目かわからない抱擁にときめきを抱かないのか、と言われれば嘘になる。しかしそれでもリザは大きくため息をついた。
これで自分が許してしまったら、この人は本当に駄目になる。といいうのは彼女の持論だった。勿論、彼に言った事はないが。
「不埒ですよね、本当」
「君だって断らないだろう」
「断ったら離れますか?離してください、先生」
「無理」
探しに行くのも、連れ戻すのも、自分の仕事。
そう言い聞かせてリザは背中に腕を回した。
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