明け方に対して安堵するようになったのはいつからだろう。それどころかまだ明けなければいいのに、なんて思ってる。かつてだったら恐ろしさの余りに早く陽が昇ればいいのにと願っていた筈だった。
半身を起こすとブラジャーもショーツもつけてないのにキャミソールはきちんと着ている自分に気が付く。酒も多少入っていたのも考慮に入れてもこれはひどい。
せめて逆が良かった。辺りを見渡してもショーツが見当たらないので諦めてシーツにもう一度潜り直すと、隣にいる彼が漸く気が付いたようで私の名前を薄く低く呼ぶ。

「いま、何時」

そう言いながらも彼側にあるサイドテーブルの上を片手でもぞもぞと動かしている。銀時計を探しているのだろう。そのままだと指にも引っかからなそうな、絶妙な距離にある銀時計。
私は彼の身体に圧し掛かりながら、銀時計を手に取って彼に手渡す。さすがに自分でこれの蓋を開けるのは気が引けるからだ。まだ薄暗いからついでにテーブルライトのスイッチを回した。明るすぎて目が痛い。
下着をつけていないのがばれませんように、と願いながら私はそっと身体をシーツに潜り込ませる。下半身はなるべく彼から遠ざける。彼の方は目をゆがめながら、蓋を開けて文字盤を見つめる。

「ん……4時か。まだいけるな」

眠りについてからまだ2時間しか経っていない。互いに夜勤続きのハードスケジュールがここ数日続いた。彼は非番だが、私は日勤だ。朝8時にはここを出なければならないのであと3時間はいける。

「なんだ、リザ寝るのか」

それ以外、何をしろというの。平然と言ってみせたいところだけど下着を履いてない私には言う資格はない。

「寝ますよ。日勤ですから」
「下着履いてない癖に?」

思い出したけど、寒いといったらこの人はキャミソールだけ渡してとっとと寝たんだった。私も久しぶりで疲れていたから下着は要求せずにそのまま睡魔に襲われて。
思い出すと自分の軽薄な行動とこの人の淡白さに唖然とする。
しかも下着を渡してないのを覚えてるって事は下着は彼の方に落ちてるのか。
背を向けて寝る準備を始める私に、彼の方がいよいよ本気になってきてついには腕をついて上半身を軽く起こしているようだ。銀時計が置かれる音がして、スプリングが彼の方へ沈み始める。

「まだ1回しかしてない」
「1日1回で十分なんです。私はマスタング大将のように『お若く』ないんですよ」
「……嫌味か、それ」

嫌味に関係なく、お元気なのは事実だ。事務の女の子が彼氏が年上で性生活にハリがないと嘆いていたけれど。誰よ、年取ればペース落ちるとか言った人。
でもその事で悩むよりは良いのかもしれない。
肩を掴まれて、仰向けにされると彼の顔が目の前にある。眉間に皺が寄っているのでおそらく先程の発言が気に食わないらしい。なんてかわいい人。

「……いえ、褒めています」
「間!」

圧し掛かってくる重みが思いのほか気持ち良い。ほのかに残る汗の匂いで互いにシャワーすら浴びてないのも思い出してしまった。
このままだと流されるような気がする。首元にかかる熱い吐息は昨晩散々翻弄されたもので、そう簡単に忘れられるものじゃない。

「1日1回ならその1回は昨晩で、今の分は今日の分だ」

相変わらずうまく口。それにアレが1回とカウントされるのもおかしな話だ。最低でも2回以上としたい。
背中とシーツの間に無理矢理滑り込ませた手。そこからじょじょに熱くなる。私を感じさせるように動く指に思わず声が出そうになるけど、近くなる胸板を押し返す。 隙間ができたので少し頭の上にある彼の顔を覗き込むとぎらぎらと目が覚めてる。でもきっと私もそう。だってもうちっとも眠くない。

「久しぶりの2連休。うち1日が君と被ったんだ。出来る事は早めに済ませたい」

彼は今日と明日が休み。私は明日が休みだ。なのに彼は昨夜の時点で私の部屋に転がり込む。行動が私の今の階級の時と全然変わらないのですが、大将。
身体を起こして仕返しのように彼を仰向けに寝かせて、胸に手を置く。心臓の音がてのひらから伝わって、私までつられてしまいそう。傍から見たら、きっと私が押し倒してるように見えるでしょう。 大将も私の答えを図りかねてるような顔付きをしてる。

「大将って好きなものは最初に食べるタイプでしょう?」
「意識したことないが」
「私は好きなものは最後に食べたいんです」
「……」

ライトのスイッチを切る。私はどんな顔をしているんだろう。もうわからない、私も彼も誰にも。

「言うところの意味、わかります?」

早く帰りますから。
そのまま隣に身体を滑り込ませると大将は困った顔をして前髪をかきむしって私を見つめる。その姿もずっと変わらない、ずっと見てきた。この距離だったり、もう少し離れていたり。
ライトのスイッチが切られた部屋は、薄暗い。気温は変わらない筈なのに、温かそうな灯を失った部屋はなんだか急に寒くなって身体を彼に摺り寄せる。

「……まいった」

参ってるのは私もですよ。この言葉は言わない。
だって私は好きなものは最後まで食べないタイプだから。

「楽しみにしてますから」

足をわざとらしく絡めると、彼は身体の向きを変えて私の額にキスを落す。次は私の前髪を掻く。

「なんてたって私は『お若い』からな」

まだ陽を見せない空をカーテンの隙間から見ながら、私は返事の代わりに、私の唇を彼の唇にそっと寄せた。
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