「昔ね、男の子と大げんかしたことがあるの」
と淡々と話しだす姉崎にPCに向かったままヒル魔はへぇ、とだけ返事をする。
そんなヒル魔の態度も気にせず姉崎は独り言のようにぽつぽつと話始める。
「セナをいじめた男の子にね、仕返しをしに行ったの。ひとりでね。相手は3人だったんだけど
グーはいけないからパーで叩いたの。セナをいじめるな、セナをいじめるな。って」
仕返し、のあたりからヒル魔は興味津津といわんばかりに目を光らせた。
「ほー。優等生も暴力事件を起こした衝撃の過去!、と」
「ちょっと、書かないでよ。でね、向こうは途中から道具を使いだして石を投げられたの。
そのまま目に直撃」
前髪を少し掻きあげてほら、と見せると確かに瞼の上に本当に小さくうっすらと傷のようなものが
見える。
「自業自得だ」
あっさりと言ってのけ、再びPCに向かうヒル魔に姉崎は顔を曇らせる。
「ヒル魔くんに言われると癪」
「で、どうした」
「大して痛くもなかったのに、すごく泣いちゃったのよ」
「嫌な女」
「普段は全然泣かないのよ、私」
「ほぅ」
「目にモノが当たると自然と涙って出るじゃない。で、いきなり投げられたからびっくりしたのもあったんだけど。
セナを守れなかったショックで大泣き」
「絶句モノだな」
「でも結果としてその男の子たちはセナをいじめなくなったんだけどね」
にこりと姉崎は笑顔を浮かべる。その姿をヒル魔は思わず二度見をする。
「お前、真性の変態だろ」
「やっぱそうなのかな」
「自覚ゼロとは」
「でもやっぱそんなことないよ」
「はぁ?」
姉崎は深呼吸をしてひとつひとつ慎重に言葉を発した。慎重にしないと決壊してしまう。
「あれ以来、泣いてなかったんだけど。久しぶりに泣いたのよ。
セナがアイシールド君ってわかった時。ショック、だったのよ」
「普段は泣かないんじゃなかったのか」
「…だから泣いてないでしょ」
確かに涙を流してはいない。だけれどいつもは碧い眼もいまは充血している。
ヒル魔は姉崎の前に立ち、先ほどの傷を指で撫であげる。
「泣き虫」
「うるさいなぁ、もぉ…」