ちゃらーん、と安い音楽が流れ、それを合図に画面一杯に出現する数字に二人は一喜一憂する。
 窓の無い閉鎖空間、煙草の匂い、ジュースの染みがついたソファー。カラオケ全盛期の時に出来た店だから廊下は数十年前の面影を残していても、壁紙は一昨年カラオケルームのみだが張り替えられ、機種は昨年入れ替えられたばかり。その上学割率が最も高いため近隣の学生のたまり場となっていた。
 平日の放課後ならすぐ満杯になってしまうが今日は校長の誕生日で休校。
 休校前夜、神楽は沖田から「あそこのカラオケのタダ券貰ったからいかね?」とメールを貰った。折角の休みなのに予定もなく、長い期間カラオケにも行ってなかった。その上タダなので行かない手はないと即OK、即返信をした。
 最初二人しかいない所為か大した会話が出来ず只管に唄っていた。だがやがてどちらが言い出したのかは解らないが「点数つけよう」と提案、そしてこれもどちらが言いだしっぺなのかは不明だけれども「総合得点で勝った方が明日の学食を奢る」、最終的に互いに携帯電話のメモに点数を打ち込むのが面倒になってしまったので「100点、先に出した方が明日の学食を奢る」へ変化した。そしてその100点は未だ出ずじまいなのである。
 何順目か解らない神楽の歌に乗っかるようにして備え付けの電話のコール音が聞こえる。だが沖田はリモコンの画面を見つめたままその音に気がつかない。
「おーきーたー♪電話出るアルゥ〜♪」
 曲に乗せて唄いあげると沖田はお前の方が近いんだからお前が出ろ、と文句を言いつつ受話器を取った。
「延長どーするよ?またすんの?」
 現在ここでアルバイトをしている長谷川の電話越しの声が、神楽の歌声にかき消されそうになる中、なんとか語句を聞き取って1時間延長を希望した。真昼間、平日に客がいないことをいいことに、延長に延長を重ねている。だがもうタダ券の効力など数時間前に切れているので合計金額をみるのが恐ろしい。
「さぁこい!!今のは自信があるネ!!」
 時間がもったいないのでアウトロの部分は止めるに限る。赤いボタンを押し、途端に静けさを取り戻した部屋の中、神楽がメガネを動かして画面に釘付けになる。沖田も神楽につられて画面を見つめると安っぽい音楽をBGMにして映し出されたのは98点。
「ああああ惜しい!!!」
 神楽が頭を抱え込み、地団駄を大きく踏んでストローでジュースを一気に吸い込む。
「お前がとっとと電話に出れば音程完璧だったのに。あそこで邪魔したから」
「俺からしたらその歌で98点もいってるのが納得いかねぇなァ。それに怨むんならあそこで電話してきた長谷川さんを怨め」
 沖田もつられてジュースを飲んでいると目の前に置いてあったリモコンに神楽が手を伸ばす。その手をひっぱたく。
「何してんでィ。次は俺の番でさァ」
 リモコンを高く上げると、神楽はそのリモコンに飛びついた。
「おめー曲入れてなかったダロ。私はすでに曲が決まってるんだヨ、もったいないネ!」
 確かに決まってはいなかった。反論できず、そのままリモコンから手を離した。
「ふんふんふ〜ん♪」
 タッチペンで画面をちょいちょい動かすが、次のページに進んでは戻るを繰り返してなかなか送信ボタンに行かない。3回目の戻るボタンを押した時、さすがに沖田は突っ込みを入れる。
「お前も決まってねぇんじゃねぇかァァァァァ!!!!」
「う、うるさいネ!!決まってんだけど点数の事を考えたらこの歌は微妙アル」
「どれ」
 覗き込むと約10年前の女性ボーカルと男性ラッパーの二人組の曲だった。そのグループの一番ヒットした曲のカップリングだったが沖田も知ってる曲だった。確かに一人では唄いにくい歌ではある。
 神楽の返事も聞かず、その曲の送信ボタンを押すとすぐに重低音が室内に響いた。
「おい、何勝手に入れてんだヨ」
「俺がラップ部分歌ってやっからおめーはボーカルのとこな」
 だが歌いだした瞬間、沖田は選曲をミスったと思った。男女、二人きり、メロウでスウィートな歌詞だった。神楽の方はなんだか見れなかった。ドラマでエッチなシーンを家族で見てしまったような感覚に囚われる。
 だが神楽の番になると沖田の想像よりもいい感じで唄い出した。今まで演歌やPOPな曲、踊りながら唄うようなものばかりだったがこのような曲の方がよほど彼女によく似合っていた。声は少しかれていたが伸びやかな声だった。
 それをかわいいな、と思ってしまった自分が単純すぎて沖田は笑えてしまった。ムードに流されてはいけない、と思うがよくよく考えたら密室で二人きりなんて初めてだった。それどころか二人で遊ぶのが初めてだった。
 リモコンの取り合い後のため、神楽は沖田の手の届く範囲に座っていた。沖田のパートは終了し、曲の終わりまで神楽のターンなのでここぞとばかりに彼女を観察する。真剣に唄っているため神楽は視線には気がつかない。シフォンのブラウスにショートパンツ、ブーツが制服よりちまっこく見えたり、小さな手に大きなマイクが収まってる様が女の子らしかったり、結んでいない髪がやけに大人びて見えたり。唄うことに夢中気がつかなかったが、一緒に同じ歌を唄うことでようやく彼女をしっかりと見た気がする。デュエット、恐ろしや。
 彼女が最後のフレーズを口にした瞬間、沖田は神楽にキスをしていた。下から回り込んで唇をぎゅ、と押しつける。5秒くらいして沖田が離れると神楽はONになったままのマイクを落としてギャァァァァァァ、とこの世の終わりだとでも言わんばかりの叫び声を上げながら部屋から逃げ出して行った。その顔は赤くはなく、真っ青だった。いっそ殴られた方がマシ、と思った。
 残された沖田はマイクを拾ってスイッチをOFFにして、ついでにリモコン上にある曲停止ボタンを押した。
 しばししてぱんぱかぱーん、とここ数時間流れ続けていた安っぽい音楽ではなくその安っぽさを豪華にしているつもりなんだろうがそれが余計にみすぼらしさを強調させている音楽が流れる。画面を見ると「100」という数字。先程よりも明るい色を使った安価な100の文字。なんて皮肉なんだろう。
「なんでィ、100点出るんじゃねぇかィ」
 ぼそりと口にするのを被せるようにして電話のコール音が大音量で響く。あぁ、こんな大きな音してたのか、沖田は思いながら電話を取った。向こう側から嬉しそうな声で
「室内での不純異性行為禁止〜」
 と長谷川が言う。
 沖田は室内に設置されてる監視カメラを一瞥しながら「やっぱフリータイムに変更してくだせェ」、と口にした。
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