十文字かわい荘

みつ星並べば

●いままでのあらすじ●
 十文字一輝は辛い受験勉強を乗り越え4月からの煌びやかな生活に思いを馳せていた。だがひょんなことから蛭魔妖一、そして姉崎まもりとルームシェアをすることになってしまう。
●登場人物●
十文字一輝…うっかり蛭魔と姉崎と暮らすことになってしまった悲運不運、ある意味悪運。姉崎さんをなんて呼んでいいか分からず模索中。
蛭魔妖一…「一緒に暮らしてる間は手を出さない」を信条に日々生きる人。でもあわよくば姉崎とチョメチョメを狙ってるやはり悪魔。
姉崎まもり…彼らの世界の中心。基本、二人のことは何とも思ってない。だがご飯はみんなで一緒に食べるを目標に精力中。

一月二十三日

「ボケっとしてんじゃねぇよ、早くやれ」
 パソコンに向いてた癖に俺が数秒でも別の事を考えてると見抜いては突っ込んでくるこの男。アンタだってテストだろうが、なんで勉強しねぇんだよ、あーいらいらするいらいらする。
「残念、俺は昨日で終了してるんでね。本当でしたらテスト休みで鈍ってしまった身体を起こすためにランニングでもしたいところなんですがネ」
 たまにこの男の事を俺はサイボーグなんじゃないかと疑うことがある。アメリカのNASA辺りがアメリカンフットボール人気を日本で上げるために送り込んだとか。それの方が人間と言われるよりよほどしっくりくる。暗記能力やらコンピューターの扱い、地獄耳だの。だが一番感心、そして唖然とするのは人の心を読む能力だった。高校時代もこいつは人の心を読み取っては正確な判断を下しキャプテンとして人を導いていく。やり方は少々…否、かなり乱暴だがいくら最新鋭のサイボーグだからとはいえ、人の考えを読むことはできないだろう。きっと魔法か何かを持ったサイボーグに違いない。
 そしてその部分を彼女は高く評価しているようだった。「ヒル魔くんって考えてることわからないけど、ほんと人の深層心理を解読するのは上手よね」と言っていた。まぁ一番解読されてない彼女が言うのは滑稽な話ではあるけれども。
「アンタさ、いいよ。寝てくれ」
「何言ってんだ、頼まれたんだ。糞マネに」
 じゅうもんじくんのおべんきょうみてあげてねーって、と似せる気もない物真似をしながら俺に言う。それでも視線はパソコンに落ちたままだ。
「それは知ってる。メール入った。今日どうしても抜けられない用事があって帰るのが遅くなるって」
 俺はとりあえず片っ端からフランス語の教科書の問題を解いていく。数日前から勉強をし続けているので選択問題は飛ばして長文を只管に訳す。だがこれだってもう覚えてしまっているのだ。
「でもアンタ第二外国語スペインだろ」
 と口にして後悔する。多分こいつフランス語解るんだ。男としては大層みじめな気分です、姉崎先輩。
「テメーこそ自室でやれ自室で。俺はリビングに居たい気分なんだ」
「リビングの方が集中できるんだよ。アンタこそ自室に戻れ」
「安心しろ、姉崎はデートじゃねぇ。教授が結婚するもんでその前祝いだ」
 何が安心しろ、だ。自分だって安心しきってるくせによ。メールを貰った時は男とデートという事象が頭を過ったのは事実であるが。
「アンタ俺を教える気なんかさっぱりな癖に」
「それはテメーも一緒だろ。教わる気なんかない癖に。そもそもフランス語なんてできねーよ俺は」
「じゃあなんでOKしたんだよ」
 パソコンばかり打ち続けていた男が眼光鋭くして俺を一瞥する。
「姉崎に教わりたいからってフランス語わからない振りしないでくださいませんかね、糞長男」
 

二月十三日

 どこか抜けているというのはなんとなく知っていた。だけれどここまでとは。
 彼女は今朝、珍しく何時頃帰宅するのか聞いてきた。珍しい、というのは普段は部活で皆揃って帰宅なので聞く必要もない。だが今日は部活が休みだからであるのだがそれにしても聞く必要はないと思う。なぜなら今日の料理当番は彼女ではなく蛭魔だからである。
 俺は2限で終了だが春物のジャケットを買いに行きたかったので16時くらい、と答えた。一方、蛭魔はムサシと栗田と逢ってどーのと言っていたので夜遅くなると言っていた。おいおい、アンタ料理当番だろうが、と突っ込みそうになったがこいつが当番表通りに作ったことなど未だかつて2回しかないことを俺もそして彼女も記憶している。
 そして現在時刻は15時半過ぎ。ジャケットは一目惚れしたものを早々と手に入れたため、終了。他は特に欲しいものはなかったので予定時刻よりも少しばかり早い帰宅となった。
 に、してもだ。キッチンは痕跡も残さず、あの甘いモノに対してマイナスな意味で敏感な男のためにばっちり換気までしている。そして材料は今日俺たちが出て行ったあとに急いで買いに出かけたんだろう。昨日はそれらしいものは冷蔵庫に入ってなかったからだ。
 なのにリビングのテーブルの上には明らかに明日の用意がされている。ま、言っちゃ悪いが蛭魔は勿論、俺だって気が付いていたのである。あんなそわそわの仕方されたら誰だって流石に解るのだが良心で蛭魔と俺は知って知らない振りをしたんだ。でもこれでは全て台無しだろう。俺達の演技を返してほしい。
 だが気になるのはアメフト部員用であろうの大量のチョコ―小ぶりでラッピングも控えめなモノ―とは別にそれの倍はありラッピングも仕様が違うものが数個。
 それは見てはいけない、と思いつつその豪華なラッピングが施された方のひとつを手に取った。リボンに通してある紙を見ると見覚えのある丁寧な字で「to 十文字くん☆」の文字。
 正直こんな形になるだろうな、というのは彼女の性格上解っていた。だが実際こうなってみるとなかなか悪くないと思う。特別扱いなんて今まで生きてされたことなどあったか。否、あったとしてもここまで口角が上がってしまう程嬉しくはないだろう。
 このまま今の位置に居る気はまるでない。だけど今はまだこのままぬるま湯につかったままでいいとこの時は心から思えた。
 ま、そのあとにセナ用のカードには名前の後に☆マークではなくハートとついていたのでテンション駄々下がりだったのだが。ただ残りの一つの特別扱いチョコに刺さっているカードが「ヒル魔くん☆」だったのでそこでぎりぎり落ち込まずには済んだけれども。

三月十三日

 毎日のように特定の場所で顔を逢わせてるものとまったく別の場所で逢うとうれしい奴とそうでない奴がいる。確実に目の前にいる男は後者だった。そもそもその特定の場所ですら避けて生きていきたいのに、そのうえ限りなくそぐわない所に居る。否、それは俺も同じか。男は明らかに嫌悪を顔に浮かべたがすぐさまいつも通りの涼しい顔に戻り、俺から視線を逸らしぬいぐるみの山を見やった。
「どこがかわいいんだか」
「まぁ俺もそう思う」
「で、どれがお目当てなわけ?」
 俺は一番でかいロケットを背負った一番でかいクマを指差した。彼女の部屋には同じ形のモノがあるがそれより二倍大きいぬいぐるみである。
「値段見て唖然としたけど」
「テメーと同じ考えっつーのが気に食わねぇがな。俺も一番最初に過ぎったのがそれだった」
「俺はそんな額だせねぇもん。無理無理。アンタに譲るぜ」
「そうですか、じゃあお言葉に甘えて」
 蛭魔が店員を呼びだそうと奥へ進む。俺はその背中を見てまずい、と感じた。これを渡されてみろ、俺が何をあげても霞むだろう。雁屋のシュークリームという手もあるが…ほぼ毎日のように食べている奴にあげても仕方ないだろう。ただでさえリードされているのにこれ以上差広げられたらたまんねぇ。
「いや待て」
「ンだよ、往生際悪いな」
「俺とアンタで割り勘にしねーか、それ」
「ざけんな、なんでテメーなんかと一緒にあげなきゃなんねーんだよ」
「多分あの人、俺とアンタでお返し選んだなんて言ったら喜ぶと思うぜ。別々にあげるより」
 蛭魔は珍しく考えているようだった。俺の提案が自分にとって利益か不利益かとても考えているようだった。
「俺らが足掻いたところでセナには敵うわけもねぇわけだし」
 所詮☆の俺らとハートのセナだったらハートの方に勝ち目があるのは明確だった。
「テメーこの額出せるのか」
「返す」
「利子3倍」
「ぼったくりだろ、それ」
「ったりめーだ。ま、いいぞ。俺は買うからな」
「わーったわーった。利子3倍、それ飲んだ」
「言ったな」
「言った」
「録音したぞ」
 ポケットからは小型レコーダー。なんでそんなの持ってんだよ、と思ったがそんなのはこの男には関係あるはずがない。
「いいからなんだよ」
 するといきなり携帯電話を取り出して電話をかけ始まる。
「明日までにロケットベアー特注サイズ。入金は済んでる」
 顔から血の気が引く、というのを経験したことは何度かあるだろう。ただこれは今までにないくらいの血の引き方だった。ぽんぽんと話は進み、ものの30秒で奴は携帯をパンツのポケットに仕舞った。
「利子3倍、な」
 10年くらいは待ってやるぞ、といいながらけたけたと笑ってあいつはぬいぐるみの山の前に俺を残して去って行った。100匹のロケットベアーが俺を嘲笑っているようだった。

四月四日

 これはひどい、とトガは感嘆を吐いた。感心して褒める方ではない、嘆き悲しむ方の感嘆である。その感嘆の先には昨晩書いた姉崎まもりお手製のアメフト勧誘のポスターであった。
 蛭魔はこんなことやらなくていい、と口出しした。そりゃアメフト部は日本の大学屈指の強さを誇り、日本全国の高校生アメリカンフットボーラ―が一度は夢見る場所である。そんな部が勧誘などする必要は一切なく、しなくとも向こうから勝手にやってくる。だが女子には倦厭されがちである男のスポーツはなかなか女子部員が寄ってこない。ミーハーが勘違いしてやってくることはあるが、可愛くない奴は阿含が、使えない奴は蛭魔が悉く跳ね除けるので結局マネージャー兼主務として姉崎まもりが一人で切り盛りしている状態となっている。だが一人では限界を感じた上、後継者がいないのはまずいと感じ、女の子のマネージャーが欲しいと姉崎まもりに切願され仕方なしに勧誘広告作成を許可したらしかった。
 そのキャプテンから了承を得たポスターを昨晩、リビングで俺達に隠しながら書いていたが、彼女はまたテーブルの上に置きっぱなしで学校へ出かけたらしい。
 そしてそれをたまたま泊まりに来ていたトガと凝視した。いつもなら見てはいけないとそっと彼女の部屋のドアの隙間から入れ込んでやるところなのだが、今回ばかりは俺に大いに関わるモノなので悪いが見させて頂いた。
 丁寧で、かわいらしい女の子の文字に☆やハートを散らしているのだが左隅に何を描いているのかがまったく理解不能、解読不能のシロモノがいる。カラーリングからして恐らく最京大のマスコットなんだろうが、まったく原型を留めてない。これでは来るものも来ないぜ、姉崎女史。絵が下手なのは周囲の人間は勿論、本人だってよく解ってることのはずなのに。
「これ、あれだよな」
「多分」
「ひでぇな。最早動物でもなんでもねぇ。まじでひでぇ」
 普段ならそこで言いすぎだ、とフォローを入れてやるところなのだが、どこにもフォローを入れる隙がない、屈強な守備を誇った絵に文句を言うトガには大いに同意してしまったので、沈黙をするほかなかった。
「絵なんて描かなきゃいいのにな。全体的な配色やデザインはいいのにもうこの絵が全てぶち壊してるよ。勿体ねぇな」
 トガから聞きなれない言葉を聞いて少しばかり一驚した。配色、なんて高校時代お前の口から出てねぇぞ。お前、誰だ。髪型だって大人しくなっちまってどうした。
「どうすればこれ、消してくれっかな」
「いや…多分無理だろ。下手だと自覚してるけど絵はないと女の子は寄ってこない!って思ってんじゃねぇかな。内容も女子マネ大募集!!ってでかでかと書いてるし」
「PCでマスコットの絵落とすとか…いや、あの人多分出来ねぇな。落とす、なんていったらパソコン、床に落としそうだし」
「いやそこまでアナログじゃないだろ」
「いやいやあの人舐めんな。まじでアナログ人間だから。ワードとエクセルはぎりぎり出来るけどネット関係はさっぱりだから」
「ワードとエクセル出来りゃ十分じゃね?ま、本人はこの出来に満足してるっぽくね?でなきゃこんなところに置いておかねぇだろうし」
「つーか…お前、描いてくれねぇかな」
「ハ?」
 久方ぶりに聞くその返答の仕方にあ、やっぱり戸叶庄三だと安堵する。
「なんで俺が」
「お前得意だろ」
「いやつーかおまえがそこまで気遣わなくても」
「なんかかわいそうだろ、こんな絵を人前に晒すの」
 俺の押しが効いたのか、ポスターを裏返してそのへんに転がっていたシャーペンで描けるかわかんねぇぞ、と念押しして描き始めた。輪郭からしてすぐにマスコットだといいうのが理解できる。そうそう、そんな感じ。
「…おまえ、変わったなぁ」
 手は動かしながら、トガは俺にそう言った。
「どこがだよ」
 トガ、お前こそ人と話してる最中にジャンプを読まなくなったわー、バイクはじゃじゃ馬から彼女が後ろに乗っけられる様なダンデムシートが広いものに乗り換えるわー、俺より随分と変わったぜ。酒も昔より量減ったし。
「おまえ、そんな姉崎先輩のこと好きだったけ?」
 うるせー、と言ってやろうとしたが顔真っ赤、と言われて俺は再び沈黙するほかなかった。

五月九日

 瞼の向こう側が明るくなったのが分かった。頭はがんがんとしてなんとなく胃も痛い。あー、今日が休みで本当によかった。ま、今日が休みだから昨日馬鹿みたいに飲んできたのではあるが。
 だが俺が休みということはつまり必然的にこの家の奴らは全員休みだというのがイコールで結ばれる。そして今、この部屋には同居人と俺がいるわけである。俺が起きない限りカーテンは開かないからな。恐る恐る目を開くと銃口、そして朝日に輝いた金髪が俺を睨みつけていた。
「おい、糞料理当番。起きやがれ」
 いや確か俺は今日は料理当番ではなかったはずだ。料理は一昨日チンジャオロースを作った記憶が残っている。
「はぁ?今日、当番じゃね」
「本日、十文字くんはゴミ捨て係だったのですが余りにも酔っぱらって帰ってきたため、夜中ないし早朝にゴミ捨てにいけないと判断、俺達にゴミ当番との引き換えに朝飯は俺が作ると豪語したんですがねー。あーすっかりお忘れのようで」
 じょじょに記憶が鮮明になっていく。べろんべろんに酔っぱらって玄関で爆睡していた俺に対してあいつは「おい、ゴミ当番」と言って俺を置いて部屋へとっとと戻って行きやがった。それに対し彼女はコップに水を持ってきて起きあがらせてベッドまで連れて行ってくれた。気が効く彼女は大丈夫、ゴミ捨ては私がやっておくから、とそう言ってくれたのを思い出す。そして俺はじゃあ朝飯当番、俺代わりますって言ったのであった。
「アンタ、まったく関係ねーじゃん…」
「関係あるっつーの。俺の朝飯」
 どこから密輸したかわからない名前も知らないピストルは仕舞い、ドアは開けっぱなしにして蛭魔は俺の部屋から出て行った。
「トースト焼いて食ってろよ…」
 恐らく聞こえているであろう陰口を口にして俺は体を無理やり起こす。かつてはこの陰口で向こうがブチ切れて喧嘩をしたが、余りにもひどいと彼女から雷が落とされた。彼女の怒りを買えば家庭崩壊は必至なので俺達はじょじょに喧嘩を避けるようようになった。今となっては週1で済むようになったのだ。とんでもない成長である。
 携帯で時間を確認するとまだ9時だった。だが折角の休日、寝てばかりでは勿体無い。後悔はしないように心がけよう。
 顔を洗って歯を軽く磨いてリビングに行くとテーブルの上には蛭魔が自分で淹れたであろうコーヒーがひとつし分しか置いてなかった。
「あれ、居ねぇの?」
 居る居ないというのは勿論彼女のことである。彼女にとって休日は部屋の一斉掃除をする日なのでいないというのはかなり珍しいことだった。蛭魔は顎で壁にかかっているホワイトボードを指す。そこには『買い物に行ってきます。17時には帰宅予定。ついでに夕飯の買い物してきます。』そしてその下に『サラダ作っておきました。もしよかったら食べてください』
「…敵わねぇな」
「まったくだ」
 新聞を右手で開き、パソコンを左手で操り、TVを見ながらコーヒーを啜って珍しく蛭魔は柄にもないことを言う。
「雪でも降るんですか」
「そうだな、降るかもしれねぇな」
「どこいったんすか」
 前々から思っていたがこいつと二人になるとどうにもこうにも話が盛り上がらないというか淡泊になりがちになり、大抵話は彼女の話ばかりになってしまう。残念ながらアメフトの話より盛り上がってしまうのである。そして人生で女の話を一番してるのはあの二人よりも目の前にいるこの悪魔だった。恐らくこいつも一番女の話をしてるのは親友二人ではなく、俺だろう。
「原宿だと」
「一人で!?」
「だそうだ」
 確かにTVを見ながら原宿に次々と出店している店の群れを見ていいなー、と言ってた。いつもなら友達や鈴音やセナがいるので心配なんてしていない。それどころか気にかけてもいないのだが。
「…アンタ、今日暇なわけ?」
「残念ながら暇じゃねぇ」
「もしかして原宿か?奇遇だな、俺も原宿に行くつもりだ」
 しらっとした目で俺を見やると蛭魔は立ち上がって冷蔵庫を開けた。サラダとボトルに作り置きしてある彼女お手製のドレッシングを持って再び椅子に座ってドレッシングをかけてサラダを食べ始める。コーヒーを用意しろとはさすがにいわねぇが俺のサラダくらい取ってくれたっていいじゃねぇか畜生。
「早くしろ、あいつはぼーっとしてっからな。すぐキャッチに捕まるしな、タチ悪ィ。5分で用意しろ」
 ならサラダくらい取ってくれよ、とはいわず俺はへーへー、と適当に返事してまずは着替えから始めることにした。
 

六月十八日

 基本、この部屋に住んでいる人々の就寝時間は早い。大会前になればさすがに俺を除いた二人は真夜中まで対戦チームの分析や暗号の確認やらで起きているが、それでも朝型人間の集団である。
 だからこのように夜遅くまで皆で集まってソファーに座ってTVを見ることなど初めてであった。 蛭魔が大奮発(いや恐らく本人的には奮発ではない)して購入した大画面プラズマTVには鮮やかなグリーン、ボールを追いかける計22人選手、そして大歓声が上がっている。
「おいおい今のはファールじゃねぇだろ」
「アメフトを物差しにするな」
 ビールに口をつけながら俺は思わずじろりと睨みをきかす。だが本人は画面を見たままだった。恐らく何らかしらアメフトに結び付けて見ているのだろう。
 俺達の目の前で繰り広げられているのは世界で一番有名なスポーツ・サッカーのワールドカップ。日本VSヨーロッパの某国代表で現在0−0。ボール保有率だと若干相手が上回っているがかなり接戦だった。日本が初めてベスト8を突破するかしないか、という日本中注目の一戦。あのアメフト一筋のアメフト部ですらサッカーに色めき立ち、部内で勝敗の賭けをするほどだった。蛭魔が相手チームに10万賭けたので他の奴らは日本に1000円ずつ賭けた。無論、俺も日本の勝ちに賭けた。10万が手に入る上にあの蛭魔が負ける顔が拝めるなんてこんな好機はない。そのため明日も早朝練習があるにも関わらずこんな夜中まで起きてしまっている次第である。
「退屈だな」
 随分と退屈ではなさそうなんですが、と思った。
「そーか?」
「証拠に、ほら」
 俺と蛭魔は各々一人掛け用のソファーに腰を沈めていた。そして一番大きい3人掛けのソファーには姉崎まもりが横たわって占領していた。兆候は既に試合開始前から見せており、それでも前半は頑張って起きていた。だが後半始まって数分、気が付いたら寝息を立てて就寝していた。起こすのも何なので俺は自室からブランケットを持ってかけてやった。
「ま、両方とも点が入ってねぇからな。こいつが寝るのも解らなくもねぇが」
「提案してきた本人が寝るっていうのも…」
 俺は一人でサッカーを見るつもりだったのだが、それを知った姉崎まもりが一緒に見ていい?と俺に問いかけた。断る理由なんてひとつもないのでその申し出を受け入れると蛭魔まで引き連れてきたのである。互いに「なんだ、テメーもいるのかよ」と思ったのは間違いない。
 そんな残された我々の思いなど露知らずぐーすかと眠っている。ぐーすか、という描写は似合わない。寝る時まで美人なのは正直ずるいと思う。ま、いびきぐらいで恋心を失う程、子供ではない。簡単な恋ならいっそよかったのかも知れないとも思う。
「同じフットボールってついてんのにざまァねぇな」
「同感。バイタルフィールドの目の前の東京スタジアムでJリーグやってる歓声聞こえるとくやしいよな」
「アメリカならナンバーワンだがな」
 蛭魔は話の腰をいきなり端折るようにして立ち上がり、寝ている彼女に近寄った。
「え、アンタ何すんだよ!?」
「何ってこいつを部屋のベッドに寝かすだけだ。うわ、もしかして十文字君厭らしいこと考えてたんデスカ?近寄らないでくださーい、童貞がうつるーさいてー」
「ハァ!?うつらねぇし、考えてねぇっつーの!!」
 真夜中にも関わらず大声を出すと、彼女が少し動いた。思わず己の手で口を塞ぐ。
「アンタ…こいつの部屋入るのか?」
 先程よりもずっとボリュームを抑えて話す。幸い、姉崎まもりは起きなかった。
「…お前、入った事ねぇの?」
 恐らく阿呆面で頷くとみるみる内に奴の顔は嬉しそうになり俺は本気でしまったと思った。蛭魔は彼女を抱き抱えようとした。だが俺はそれを制止する。
「俺が、こいつを連れていく」
「意味わかんないんですけど、十文字君」
「好きな女を他の野郎に触れられていい気はしねぇだろ。その上その男がその女を好きだなんてきたら絶対阻止するのは普通だろ」
 若干引いたような眼で俺を見て蛭魔は再びソファーに戻って座った。
「ま、今日は大金とまではいわねェがノートパソコン一台分の金は手に入るからな。残念童貞中二野郎・十文字君に譲ってあげようじゃねぇか」
 どうやら今日は相手チームが勝つことを確信しているらしく機嫌が良かった。否、その前の姉崎の部屋未入室にテンションが一気に上がったに違いない。いやいや、絶対に負けられない戦いだぜ、ここは踏ん張らなければ。俺も、日本も。
 蛭魔がソファーに落ち着いた頃、立ち上がって姉崎まもりが寝ているソファーの前に行く。どこにどう触れていいかわからず、シミュレーションする。あの足の間と頭か?背中か?そこに腕を入れるのか、と画策してると横から手伝うか?と言われたがそれは無視した。
 ブランケットを放っていわゆるお姫様抱っこという状態で彼女を抱く。そのまま立ち上がると初めは人間の重さがかかるものの想像よりは軽くて華奢だった。
 ドアノブを軽く下げて、ドアの下の方を蹴り上げるとゆっくりと開いた。リビングやキッチン、トイレの共用の場所はほとんど彼女が掃除しているせいかなんとなく彼女の匂いが残っている。だがやはり自室はそれをさらに濃度が上がっていて几帳面さがしっかりと出ている部屋。整然と片づけられていて俺達がホワイトデーにあげた特大サイズのロケットベアーのぬいぐるみ、と元々彼女が持っていた小さいサイズ(といっても特大サイズが大きすぎるため小さく見えるだけで実際はかなりでかい)机、本棚、ベッドが置いてあった。部屋は6月であるにも関わらず少しだけひんやりとしていた。
 ベッドは部屋の最奥なので、奥まで行ってそっと彼女をそこに置いた。こんなに何をしても起きないなんて死んでるんじゃないかと思えるほどだった。だが少し彼女が唇を動かしながら唸ったので生きていることは解った。
 唸ったことによって少しだけ動く唇に気を取られた。この位置からは蛭魔は見えない。キスしようと思えばできるよな、と本当にふしだらな事が頭をよぎる。
 バレなきゃいいじゃん、と頭の中で声がしたので少しだけ頬を擦ると彼女は薄らと目を開けてしまったので、すぐぱっと離して踵を返してここを出ようとすれば丁度TVからは悲喜交々の声とゴール!と声が聞こえる。その声に混ざるようにして彼女が少しだけしゃべったのだ。俺の名前ではなく、もう一人の同居人の名前を。
 どうやら髪の毛の色のみで判断したらしい。じっと俺を見た後、再び就寝した。
 後ろでは蛭魔が嬉しそうに高笑いする声とキャスターの悲しい叫びが重なって聞こえて、俺はこの時、少しだけだがこの恋を諦めようと思った。

七月十日

 久しぶりに帰るあの部屋に俺はとてつもない緊張を覚えていた。普通なら「帰ってくる場所」に緊張する必要などないはずなのに他の人々とは若干勝手が違うので、世界中の誰よりも緊張しなければならない。いわば戦場なのである。だが緊張、というよりは第六感というかなんとなく、本当になんとなくだが嫌な予感がしていた。『波乱万丈な一日』と称される日は本当に深夜0時まで波乱万丈だからである。
 波乱万丈な一日の発端は7日前に遡る。家庭の事情で親父の実家に帰らなければならなくなった。無論部活には行けずじまいで、つまりはあの二人には7日も顔を合わせてないのであった。まぁ正直今回は二人に逢いたくはないのだが。何故逢いたくないのかは解らない。片方はいいとして、もう片方は認めたくはないが自分の好きな相手なのだ。それなのにこの感情はなんなんだろうか。
 ポケットに手を突っ込んで鍵取り出してそのまま差し込み、そっとドアを開ける。開けてもそこは誰もいなかった。小さな声でうぃーっす、と言ってみても反応なし。本当に誰もいないようだった。久々に座るソファーにどっぷりと浸かりしばし目を閉じた後、もう一度動き出して鞄の中から携帯を取り出してメール打って送信する。
『お疲れさんです、今、着きました。夕飯、作っときますよ。』
 勿論、このメールは彼女へ向けたものである。今日の料理当番は彼女だったのでそうメールしたのだ。
 ソファーに囲まれた真ん中のガラステーブルに携帯を置いてまた目を瞑る。瞼の裏では親父の実家での行動が走馬灯のように駆けていく。
 親父の実家は東京からの交通手段が飛行機に限られるような場所なのだが、これまた空港から実家が遠いこと遠いこと。その上親戚のおっさんとはなかなか連絡がつかず電車だのバスだの乗り継いで実家へ向かう羽目になった。そして帰りは親父はワケ合って残り、俺は一人で帰ることになったのだが…まぁいわば迷子になったのである。もう19歳だから『迷子』という単語はおかしいのだが、それ以外の表現が見つからないので迷子とさせていただこう。バスの路線図を見間違い、乗るはずの飛行機はぎりぎりで乗れず、空港で2時間待たされる羽目になり、離陸したはいいものの羽田は悪天候でなかなか着陸できず予定時刻よりも五時間オーバーの帰宅となった。そして大声で言いたかないが飛行機が大の苦手なわけで…。そもそもおっさん、俺を空港まで送ってくれたっていいだろ。
 そのような理由ですっかり疲れ切ったので、出来ることなら早く寝たいのだが腹は馬鹿正直でこいつを納めない限りは安眠できそうもない。少し寝たら夕飯を作ろう。心もとないが携帯のアラームをセットしてそのままソファーに横たわるとけたたましく携帯が鳴った。鳴った、というよりはバイブレータの音が響くという方が適切かもわからない。ガラステーブルの上であり、誰もいない静まり返った部屋の所為でほぼ騒音に近い音だった。
 画面を開けるとそこには見慣れた名前だった。きっとお願いします、といった丁寧な返事なのだろうと思いきや想像よりも長い文面。みっちりと文字に埋め尽くされた画面はスクロールを何回もしなければいけないレベル。そして読まなくてもわかった。完全に怒りのメールだった。絵文字が一つとしてないからである。勿論、この7日間で俺は彼女に怒られるようなことをした記憶など一切ないので相手はアイツ意外考えられない。
 大きく息を吐いてメールを読むと最初の1、2行が俺への感謝の言葉で残りの9割、いや9.5割は奴への悪口で埋め尽くされていた。悪口、というと聞こえが悪い。98パーセントは奴が悪いので悪口ではないのである。
 彼女は携帯を打つのはこんなに早くない。きっと7日間、俺にこのメールを送るか送らまいか何回も逡巡したのだろう。ずっと未送信BOXに入っていたものを俺が帰ってきたので送った、というところだろう。あー、波乱万丈だまったく。
 相槌を打ったような返信をしてアラームを切って寝ることにしよう。今日は波乱万丈、今夜は夕飯も食わずに大喧嘩して互いを宥め終わるまで眠らせて貰えないのだから。

八月二十五日

 西日が射しこんでくる日差しに目を眩ませながら俺は目を覚ました。昨夜に地獄のアメリカ合宿から帰ってきて時差ボケも直らずそのままこの時間まで寝てしまった。帰ってきてすぐに洗濯を済ませておいてよかった。合宿の辛さを全て洗って今は何事もなかったかのようにベランダでひらひらと舞っている。
 ところどころ軋む体を懸命に起こして、全ての洗濯物を取り込んでその辺に放置。畳まなくとも明後日には着る羽目になるのだとその辺に放っておく。
 キッチンの壁にかかっているホワイトボードがふと眼に入る。そのホワイトボードには料理当番、風呂掃除兼ゴミ捨て当番と書いてあり、その隣に名前が書いてあるクリップが貼ってあった。料理が蛭魔、ゴミ捨てが彼女、俺ののクリップは少しはじいて置いてあった。日付は八月二十六日だった。
 あの二人はまだアメリカにいる。蛭魔の理由は解らないが、彼女の方は母方の家が合宿所から近いのでそこに行くとのことだった。
 一緒に暮らしているはずなのに、俺だけが違う流れにいて、二人は同じ流れに沿って泳いでいるように見える。一緒に暮らせば同じ流れに沿って生きていけると思っていたのに、一緒に居れば居るほどどんどんと違うところへ流されていくのを感じさせられる。おかしいな、こんなはずじゃなかったのに。
 こんなことを思うなんて合宿疲れだろう。寝なおそうとして自室へ戻ろうとすると取り込み忘れていた洗濯物が揺らいでいるのが見えた。それは俺の51と書いてあるユニフォームだった。たった一枚、忘れられるようにして揺らぐ姿を見て俺はただ呆然と立ち尽くしてしまった。

九月三十日

 私と付き合わない?
 大学生でもこんな甘酸っぱいやりとりをするのかと他人事のように思った。まったく他人事ではなく、自分に対して送られてきたメールなのにとても冷静にそんな分析をしてしまった。
 合宿から帰ってきて翌日の夕方、誘われた合コン。いつもなら断る所なのだが彼是2年近く断り続けていたのでうっかり参加してしまった。
 だがまったく楽しくなかったのである。気分的に乗らないというのもあったが相手のテンションが高すぎて萎えてしまった。やはり俺には合コンは向いてないのだとつくづく痛感したぜ、まったく。
 だがその翌日、いきなり合コンに居たある女からメールが来た。アドレスをどうやら幹事の男から聞いたらしいかった。名乗られたがまったく思い出せず後で参加していた奴にさりげなく聞いてみると俺の正面の隣に座っていた女らしい。そりゃ覚えてないはずだ。むしろ何故、俺。
 向こうから一方的に送ってくるメールを適当に返して(返さない時の方が多かったのだが)いる関係を続けていたら唐突にこんなメールが来たのである。これをスーパーの鮮魚コーナーで買い物している俺に送ってくるなんてなんともムードがない女…否、タイミングが悪い女なんだろう。実際に送られてきたのは一時間前ではあるが。
 好きどころか友人としても好意のある素振りを(その上あの合コン以来逢ってないわけだし)見せてねぇのによく告白出来るよなぁ、と半ば感心した。少しばかりその図太い神経と勇気を分けて欲しいくらいだ。
 告白メールをまじまじと見つめてなんて断ろうかと考えていると、またメールが来た。そいつだったらヤベェな、なんて思ったが意外や意外、メールの送り主は姉崎まもりだった。彼女は今、流行まっただ中のインフルエンザにかかっているので自宅で熱にうなされているはずなのだが…。
 ゼリー買ってきてください、お願いします☆
 告白メールより、ゼリー催促メールにテンションが上がる俺は本当にどうかしてるなんて思いながら嬉々としてデザートコーナーに向かった。

十月一日

 朝、俺達を見て蛭魔は馬鹿は風邪ひかねぇが大馬鹿は風邪ひくんだな、という台詞を残してうらめしそうに遠征に出かけて行った。
 昨晩、ゼリーを手土産に帰り、自室で懸命に告白メールのお断りのメールを打っていると(リビングでなんて打ったら脅迫手帳に書かれること請け合いである)、急に悪寒がし熱を測れば39度にもなっていた。一人、風邪をひかない馬鹿野郎は彼女の方へつきっきりで面倒を見て俺にはまったく目もくれず、唯一やったことといえば俺がスーパーから帰ってきて彼女のために作った粥を温めただけである。(本当に温めただけである)
 翌日、彼女の方は熱はすっかり引いていたのだが、一方の俺は彼女のゼリーのおかげかもなんて言ってくれた笑顔に顔を赤くしたのがバレない程の高熱。タミフルを貰うために病院へ行ったのだが…。インフルエンザではなかったのである。新型でもなければ季節性インフルエンザでもなく本当にただの風邪だった。医者には同じ家に感染者が居てこのタイミングでインフルエンザじゃないなんて奇跡だよ、と苦笑していたが苦笑したいのは俺の方だ。
 風邪薬を処方してもらい、帰りのタクシーの中で彼女にメールを打つと、インフルエンザじゃなくてよかったじゃない、と返信。まぁそうなんだけれども。タクシーの揺れと発熱で頭が気持ち悪く揺れる中、メールを返信しているとメールの受信にて中断される。またあの女か?と思いながら恐る恐る受信BOXのへのボタンを推し進めるとまたも意外や意外、彼女だった。またゼリーか?いやでも確か3つは買ったはずだぞ、と思いながら読み進める。車内であ、と叫ぶ。タクシーの運転手が怪訝な顔つきでマスクで顔半分を隠している俺をバックミラーで見やった。いや熱に侵されすっかり忘れていた。というか彼女の風邪でまったくそれどころではなかった。
 誕生日おめでとう♪蛭魔くんいないけど先二人で祝いましょ☆ゼリーとおかゆだけど(笑)
 たまには風邪をひくのも悪くない。

十一月二十三日

 キャンパス内、一限終了後にて。通話相手、蛭魔妖一
 ハァ?いやいやいや…待てよなんで俺なんだよ。んなん小学生以来作ったことねーっつーの!!アンタが提案したんだからアンタがやれよ。え…あー、あー…アンタ絶対作らねぇだろ。どうせ高級レストランのムッシュでも脅していいもん作らせるんだろ、テイクアウトさせるんだろ。テイクアウトじゃない?食べに行くわけ?だって彼女、誕生日の夕飯は実家で…ハァ?家に来させて作らせる!?それもっとタチ悪ィだろ、最悪だろ!つーかそれならそっちだって作らせろよ、ほら、あれとか、ヨロイなんとかとか…ハァ?あぁ、あぁ、あぁ…つーかそれ、俺に恥かかせてぇだけだろーが。どんだけ悪魔なんだよアンタ。で、誕生日プレゼント買ったわけ?どうせあれだろ更にでかいロケットベアーだろ。え、違う?ふざけんな、半分出さねぇよ!!!もうホワイトデーで懲りた。え?今月入金したっつーの。見てみろよ。あぁ、うん。俺はそんなん言うわけねぇだろ、ってなんで知ってんだよ!!!よく見つけたな、って何勝手に俺の部屋入ってんだつーか今どこにいんだ。おい!!俺の部屋探ってんじゃねぇ!!…………あいつの部屋に入られるくらいなら俺の部屋を探っていてくれてたほうがマシ………何爆笑してんだよ、アンタだって対してかわんねぇだろう。 で、俺が作るわけ。へーへー。それがないと彼女怒るからな、きっと。材料は?ハァ?いいじゃねぇか少しくらい助けてくれたってよ、ってちょっとおい!!
「十文字、誰と電話してんの?」
「…オマエ、ケーキ作れる?」

十二月三十一日

「はーい、出来ましたよ〜ちょっと駄目!!まだおせちは突っつかないで!!」
 着物を着てすっかり大晦日から元旦を楽しむ気満々な彼女は台所に立っていた。勿論エプロンを着用していた。
「十文字くーん、持って行って〜。蛭魔くん、冷蔵庫からお酒出しておいて」
 司令塔・姉崎まもりを軸に俺達はコマとしてリビングとキッチンという名のフィールドを駆け巡る。駆けているのは俺だけなんだけどな。だが酒はアイツも飲みたいのか焼酎と冷やしておいたグラスを三つ手に持ってきたいつの間にかガラステーブルはこたつへ様変わりし、ソファーではなく座椅子になっていた。料理を次々と運んで姉崎を中心に俺達は両隣へ座る。
「おいしそう」
「自分で作っておいてよく言えるな、糞マネ」
「二人ともおいしいって言ってくれないから自分で言うしかないんです」
 確かにおいしいっていうか余りにも当たり前すぎて、そんなこと口にすることもなかった。
 一緒にいて当たり前。だがそれにはいつか終わりが来ることを三人共よく理解をしている。三人が男と女と男でいる限り、永遠はなく、誰かが涙を流さなければならない。
 しんみりとしている空気を読み取ったのか彼女は
「あと一年だね、この生活も」
 と口にした。
「なんでこの三人で暮らすことになったのかワケが解らないのだけど本当に楽しかった」
 過去形になってしまうのも仕方がないと思う。朝起きれば一緒、授業終われば一緒、夜寝る時また別れて朝また一緒。家族でもなく友達でもない、ましてや恋人同士でもない。摩訶不思議な三人。珍しく蛭魔もその空気に飲まれたのか悪魔のような高笑いはしなかった。決して気が合っていたとはいえない三人。だが三人一緒ではなくとも終わりではない。
「まだ終わりじゃない」
「え?」
「終わりじゃない、まだ一年あります。楽しみましょう、残り一年」
 たまに口が腐っているんじゃなかというくらいクサい台詞を俺は言う時がある。それにしても高校以来のクサさだな、これは。ただ彼女が古風なのでこういう台詞を笑い飛ばしたりはしない。
「そうだね、うん、そうね」
 言い聞かせるようにゆっくりとほぐして、ほどいてまたいい具合につなげていく。
「そうだ!!じゃあ来年はみんなでどこか行きましょ」
 沈黙を続けていた蛭魔もその素っ頓狂な一言で漸く動き出した。
「行ってるだろうがアメリカやら大阪やら」
「ちーがーうーの。合宿じゃなく三人で旅行するの」
「ざけんな、休日くらいゆっくりさせろ」
「なにそれ。折角思い出づくりしようとしてるのにひどい」
 ぎゃあぎゃあ大晦日に大喧嘩。二人の喧嘩をこの一年間宥め続けた。やはり〆もこれなのか。
「まーまー。年越しそば食べようぜ。のびちまう」
 というと彼女ははっとしてじゃあ食べましょうと喧嘩を中断させた。基本、食い物>俺達。蛭魔はケッ、といって勝手にそばをかっ食らう。
「何勝手に食べてんの。あ、十文字君注いであげるね」
 焼酎の瓶を持って俺にガラスコップを持たせて、注ぐ。じゃあ俺も、といって彼女から瓶を渡してもらい、彼女の両手に包まれているコップへ注いだ。彼女は俺から瓶を受け取ると蛭魔に飲む?と聞いたが蛭魔はいい、と言って断った。
「じゃあ蛭魔くん、代表してどうぞ」
「ハ?」
「一応ここの家主扱いなんだから。さ、今年の反省と来年への抱負をどうぞ」
 蛭魔はひどく姉崎を一瞥して勝手にそばを食べ始める。
「せめて頂きますくらいはいいなさいよ」
「じゃあ俺も」
「えええ!?十文字君も食べちゃうの!?」
 食べ始める男二人をそれぞれ見て彼女も食べ始めた。
「イタダキマスハ?」
「……二人とも言ってないのでまねっこしたの」
 冷ましながら彼女はそばをすすった。相変わらず育ちの良さが出てる食べ方。おいしく食べれてるのか不思議でたまらない。
「で、どこいく?」
 そばに気を取られたのかと思っていたがちゃんと覚えていたらしい。先述したように食べ物とセナが頂点にいるので俺達との思い出づくり優先になるなんて奇跡に近い。
「ンだよ、忘れろよそんなん」
「そんな暇ないっすよ?」
「んー…じゃあせめて日帰りでどっか」
 かなり不満そうだが妥協案で日帰りらしい。
「つーかテメー何がしたいわけ?」
 彼女は箸を置いてんー、と唸った。長い間唸っていきなり顔がきらめいた。この顔はここに住んでいる者でないと拝めないような無邪気な顔。
「星!!星が見たい!!」
「星?」
「何故星…」
「うん、今年アメリカのおばあちゃんの家で見たんだけどすっごく綺麗だったの。あんなの初めてみたの。そうね、行くとしたら冬かな。空気が澄んでるからすごくきれいみ見えるみたいだし」
 俺も蛭魔もそばを再び食べ始める。ねぇ聞いてる?と言われたが無視。無視、というか考えていた。どこがいいんだろう、近場で田舎…否もっと喜ばせる方法があるはずだ。もっと三人とも忘れられない方法が。
「三十分後、玄関集合」
 余りにも声が重なりすぎてて一瞬なにが起きたのか解らなかった。俺と蛭魔まったく同じことを口にしていたのである。気は全く合わないが姉崎まもりに関してはやたら波長が合ったがここまでとは。蛭魔、おまえ相当姉崎まもりが好きなんだな。
「え、初詣?」
「違う」
「星、見に行くぞ今から」
「え!?今から」
「今から」
「テメーが見たいって言ったんだ、テメーが責任とりやがれ」
「どうやって…」
「親父の車借りてくる」
「あの黒いベンツにしろ」
「無理だ。アレこないだすったらしくて今アウディしかねぇんだわ」
「ええええ、ちょっと話がトントン拍子なんだけど。なんでそんな二人示し合わせたようにしてるの?」
 事の発端のくせに困惑している彼女を横目に再びそばを啜る。余りにも冷静すぎる俺達を見て姉崎も漸く平静を取り戻した。そして頭が冷やされたせいかようやくこの事態に実感してにこにことし始める。
「にやにやしてんな、気色悪い」
「嬉しいんだもん、なんかみんなで仲良しって感じで」
「仲良しって」
「うん、三人仲良し。いいじゃない」
 多分それ無理です。だって個人的には姉崎先輩、あなたともっと仲良くなりたいと思っているんです、俺は。そして俺の真正面に座っている男も飄々とそばをすすっているがそう思っている。この一年が勝負の年となる。だから今年中は三人仲良くいれればいい。
 そんなこともつゆ知らず、彼女はオリオン座、見えるかななんていいながらそばと俺達とBGM代わりの紅白歌合戦を交互に見ていた。 また可愛そうな十文字を読む。
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