台風はばいばいしたんだってヨ、とつぶやく姿に沖田は妙な既視感を感じた。だが生ぬるい風を受けながら窓の淵に腰かけている様など、何回も見かけた。 空を見上げている横顔も ―あたかも自分の存在を忘れているか如く― 飽きるくらいに眼に映った事がある。
 姿形でなければあとは。
 眼で見た違和感というよりむしろ、言葉にあるという事に沖田は気がついて思わずああ、思わず叫びながら敷いてある布団に大の字になった。 そんな声を出させる相手など、この世、いやもう既にいないのでこの世という表現も出来ない。強いて言うなら「世界中どこを探したって見つからない」と言った方がいいのかもしれない。ましてや 目の前にいる神楽だって無理な話だった。
 かつて彼女は沖田によかったわね、そうちゃんと頭を撫でながらそう言った。だが実は沖田としては、無条件に彼女に甘えることが出来るから、台風が怖いからと、それを理由 に一緒に居ることが出来る。優しくて温かい姉の手のぬくもりも、声も戻ることはない。もう少し自分が顧みてやれば、 後悔ばかり渦巻いてもう一度声を上げた。先程よりはか細くて、こんな声出せるのかと新たな発見をしたような気分になる。
   外を見ていた神楽は二回目の声に振り向いて、沖田の表情を見て怪訝な顔を浮かべた。
「台風ばいばいって言葉がそんなに気に食わないアルカ?」
 思わず沖田はぎょっとした表情をする。あの何気ない発言の中で、自分の思っていた事が筒抜けだったのは。普段は言いたい事を濁す沖田も感嘆の声を上げ、素直に感想を口にする。
「おまえってさぁ、たまにすげーよな」
「あぁ?気持ち悪。なにそれ」
「今な、本当にそう思ってた」
「ふーん」
 興味なく神楽はまた空を見上げて、雨の様子を窺った。もっと降ればいいのにつまらんと言ったような顔をしているのか、自分の訳の判らない思いに機嫌が悪いのか沖田には判らなかった。
「興味ねーのかィ?」
「あんまし。つーか、大体分かるから、いい」
 すくりと立ち上がって、沖田の元へ行ってしゃがんで顔を覗き込む。まるで晴天の日の空の青のような眼が沖田を見つめて離さない。
 神楽は沖田に起きて、と促してそのまま骨が折れそうなぐらいにぎゅうと抱きしめる。
「どういう風の吹きまわし?」
「興味はないけど、魅かれたから」
「それ意味通じてねェ」
「お前だって、私に対してそんなモンだったアル……ま、私もだけど」
 的確すぎて何も言えなかった。返事代わりとして、沖田も神楽までとは言わないが抱きしめ返すと、彼女の方も夜兎の力をこれでもかと奮って抱きしめ返す。
「いでででででで!!!!」
「離さないから安心していいアル」
 抱きしめる強さとは反対に優しくて痛みはどこかへ吹っ飛んだが、やはり痛いものは痛い。解ったからとりあえず緩めろ、と怒号を上げる。神楽はそっと沖田を解放して沖田の顔を覗き込んだ。
「ひどい男アルナ」
「おまえのほうがひでェ、両腕折る気かィ」
「加減は理解してます」
「嘘くせェ」
「雨だと憂鬱になるからナ、神楽ちゃんの出血大サービスネ」
 にしし、という表現が合う笑い方をした後、眼をつぶって沖田のそっと唇を落とす。触れるか触れないか、本当に一瞬だった。サービスって言ったって、 先程は互いの口内を蹂躙しあうかの如くキスをしていたのに、こっちの方が余程気はずかしく、そして優しくて温かかった。 姉のあの掌とはまた違うが、これはこれで悪くない。
「に、しては胸が足りねェ」
「デリカシーない奴」
 沖田はその優しくて温かい感触を確かめるべく、抱きしめながらもうあの一度キスをせがんだ。
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