昼なのに曇天で太陽がどこにあるかも判らない真冬。風が大きく唸り、吐く息は濃く白い。
ケープと黒いファーの帽子、スカートにブーツ、分厚い手袋をし、颯爽と荒川沿いを
馬で駆けるのはマリアだ。
しかしこの時期に馬で川沿いを駆けるというのは結構過酷である。
兎に角寒いのだ。ならゆっくり走ればいいのだが風は強いのでどっちにしろ
真正面から向かってくる針のような風が身に沁みる。
完全防寒をしているものの、マリアの露出している頬は痛々しく赤くなっている。
早く帰りたい、と馬のスピードを上げると数メートル先に目を凝らすと熊が立っている。
その熊との距離が縮まるにつれてスピードを落とし、最接近したところで馬を止めその熊に話しかける。
「乗ってく?」
「ナンパか?」
「あなたにナンパなんて天地がひっくりかえってもあり得ないから。
しかもそのはしゃぎ方、返し方、古いわよ」
弾丸のように浴びせると、う、と唸って耐える熊、
否、熊の毛皮を被ったシスター。視線がマリアと交わると奥歯をぐっと噛みしめた。
「……たまには俺が手綱をとろうか」
近くのビルとビルの間から吹き抜ける音にシスターの低すぎる声はかき消されそうだったが、さすがにマリアの長年の調練され続けた癖は抜けず、そんな声でもしっかりと聞きとった。
「あら、珍しいわね」
じゃあお言葉に甘えて、とマリアは後ろに下がりその空いた所にシスターが跨った。手綱を取るとゆっくりと馬は歩きだした。
「ちょっとどういうつもり」
「ナンパされたからには」
「そのネタでいつまで押すつもりなのよ。とうとう親父ギャグ言うようになったわけ?どうりで加齢臭がすると思ったわ」
「…いや、寒そうだと思って」
誰よりも大きく、頼もしい背中。マリアは毛皮に顔をぼすんと埋める。
「こんな寒さ、向こうに比べたら平気だわ」
「ここの温かさに慣れてしまっただろう。俺はもう向こうには戻れないだろうな」
毛皮越しに伝わるシスターの体温にマリアは目をつぶる。向こうの一番寒い日を
思い出そうとしても既に思い出せない。あんなに辛かったはずなのに、とても寒かったという事は解っていても、体は覚えている様子はない。ぬるま湯につかってしまっては思い出せるわけもないのだが。
マリアは風が唸る音と蹄の音を聞きながら、頬の赤みが引くのを待った。