満月がぽっかりと浮かぶ夜にマリアは羊を連れて川沿いを歩いていた。
かつての仕事では満月の下での仕事はNGだったためか、マリアは満月が好きだった。
満月の夜は人を裏切らずにいないでいれた。
歩いていると向こうから祭り事以外では私服を着ないシスターがのそりのそりと歩いていた。
軍パンにTシャツだった。
「眠れなくて」
「俺もだ。満月はどうも」
シスターは座るか、といってその適当に座った。マリアは羊を解き放ってその隣に座った。
昼間ではあり得ないほど近い距離だった。肩と肩はぶつかって、呼吸がよく聞こえた。
華奢な足は月明かりで白く浮き出ている。髪を掻きあげる様をこんな近くで見たのは久しぶりだった。
しかしこうしていると昔を思い出す、なんて言葉は言ってはいけないというのは暗黙の了解だった。
その言葉を言ってしまえば偽りの甘い日々を掘り返すこととなる。
「静かね」
「戦場も十分静かだったではないか」
「駄目、心臓は正直よ。夜の方が五月蠅かったもの」
そういった彼女の顔は憂いを帯びた顔をしていた。
「満月の夜は仕事をしないから気が楽、というのもあるけどその分無駄な事を考えてしまうのよ」
「わかる」
「でもあなたと居た頃はそうでもなかったのよ」
これでも、と続けてマリアは瞼を落としてシスターの肩に頭を置いた。シスターは
マリアの腰に手置いた。訓練していないせいか昔よりずっと華奢になった。
訓練をしなくてもよくなった彼女の世界にシスターは安堵した。
「マリア」
「しばらくこうさせてて」
「あぁ」
「意味なんてないから。深読みしないで」
「…あぁ」