目が開かない。低血圧というわけではない。だけど寝起きは最悪に悪かった。 サイドテーブルに手を伸ばして手に当たったものをむんずと掴み取り、 安眠を邪魔するシスターへ投げつける。ガッシャーンと何か壁に当たった音が部屋に響く。 薄いガラスの破片が細かく飛び散る音。
 おそらく水の入ったコップを投げたらしいのだが相手はうまくかわしてしまい(何せ 神速であるラストサムライの日本刀をもかわしてしまうほどの 眼力・身体能力を持っているのだから当然だが)壁にそのままぶち当たって割れてしまった らしい。
 マリアは昨晩のことをふと思い出した。水を入れたのは細かい花柄のコップ。 懸命に目を開け、シスターの足元を見ると細かい花柄がさらに細かくなって床に美しくも 悲しく花開いている。
「あーあ。最悪。お気に入りのベネチアンガラスのコップだったのに」
 あなたが避けなきゃこんなことにならなかったのに。マリアは冷たい視線を送ってシスターに 片付けるように促した。
 シスターは大きな体を小さくして床に落ちている破片を拾い集めた。
「これ、イタリア旅行に行った時のだろう」
 破片がシスターの大きい掌に次々と積まれていくのを見つめながらマリアはそうだったけ、 とそっけなく答えた。シスターは顔を曇らせたが、正確なそのイタリア旅行の日付、この コップを購入した店の名前までもすらすらと言って見せた。
「あなた最高に気持ち悪いわね」
「心得ている」
 付き合って初めての旅行だった。彼女がかわいらしげにこれがほしいわ、とシスターへ見せた のが昨日のことのように思い出せる。あれはてっきり演技だと思っていたけど。
 箒でしか拾えないほどの破片を取り払ったあと、シスターは
「もう少し落ち着いたらイタリアへ行こう」
 コップを買いに、といった。
 マリアは再び目を瞑って気が向いたらね、とそっけなく答えた。
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