「私ね、昔、牧場か農家の娘になりたかったんです」
見た目に似合わず、随分と可愛い事を言うものだと思った。
粉塵まみれになりながら、顔を拭う姿からは想像もできないし、普段からそのような事を言うとは思えなかった。
礼儀は正しかったが、どこかかとなく冷たく、そして何を考えているか解らない節があったからだ。
だからこそ、惹かれたのだが。
「可愛い事を言う、とでも思いました?」
「正直」
「本当に正直ですね」
「こういう状況だからな」
というとまたどこかで爆発音がした。先程よりは遠い。私は息を吐いて、彼女は反対に息を大きく吸う。
「何かの影響か」
「そのようなわけでもないんですけど。現実逃避に近いかもしれませんね」
「珍しいな」
「と、言いますと」
「君がそんなことを口にするなんて、という意味でだ。口にするという事は以前からそう思っていたのだろう」
「……ええ、まぁ」
意外だ、とでもいうような顔をして彼女は私を見ていた。私の言動にか、それともここが戦場であるにも関わらずやけに饒舌だからか。
しかし、それは君も同じだろう。
「いいじゃないか。素晴らしい夢だ」
「夢…ですか」
「違うのか」
「夢とはまたちょっと違うのではないですか。叶える気はあまり」
どこかで乾いた銃声が風に乗って聞こえてきた。いけない、ここは戦場だ。だがそれでも
彼女の殊勝ともいえる声が気にかかり、私はまた話を続けた。何度も言おう。ここが戦場であるにも関わらず、だ。
「叶えてもいいとは思うが。君にはその権利がある」
「こんな女にも、そういう権利があるとお思いですか」
「傭兵だろうが、牧場の娘だろうが関係ないだろう、君は君だ」
また息を大きく吐いて、この壁の向こう側を窺う。しかし腕に絡まる何かでまた、今自分のいる場所が頭の中から
すっぽ抜ける。顔を隣に向ければ、彼女が銃と私の腕を一緒に抱き抱えていた。俯いているので表情は見えない。
「いいんでしょうか、本当に」
埃まみれになっている前髪を掻きあげれば、大きい眼は濡れていて今にも溢れだしそうだった。思わず抱きしめたくなったが、
ここは耐えなければならないと、理性が声を上げる。それに私は従おうと必死になる。だから抱きしめる代わりに
出てきたのは言葉だった。
「そろそろ行くぞ。私が掩護に回ろう」
腕に絡む彼女を無理矢理はがして、中腰になり壁の端から辺りを窺う。彼女も前髪を戻して、そして首を一回回して私の隣に付いた。
先程の面影はなくなっており、さすが、新入りで更には女性でありながらトップクラスに入る実力の持ち主だと思った。
「続きは、戦いが全て終わってからだ。牧場の件も含めて、だ」
行くぞ、と背中を押すと彼女は顔と合わないか細い声ではい、と呟いて銃を構えて飛び出していった。