「それ以上、しゃべらないで。空気がもったいないから」
「その大きな体の所為で、草達が太陽を浴びることができないの」
「朝からうるさいのよ、おもしろくもなんともないのに」
ついに3つ目で古傷からシャワー、いや、消火用ホースから放水したように出血するシスター。その場で膝をつき、ばたりと倒れこんで彼は気絶した。
しかしマリアはその姿を見ても、手を伸ばすことも声をかけることもしない。
その血をニヤニヤと見下ろす。数分後、血溜まりの中からすくり、と立ち上がるシスターの後姿を同じくニヤニヤと見届ける。
「…マリア」
「なぁに?」
「…また来る」
ちら、とマリアを見てぼそりと言葉を残す。
「一生こないで、あなたのその様子が羊さんたちを驚かせてストレスをかけさせてしまうから」
その言葉にシスターは今度は出血することもなくもたつく足を懸命に正して、自らの家に帰って行った。
「ったく…。毎回…」
死なないのかしら、こんなに大量出血して。
川沿いの草むらに血だまり。きっとこの量であればさすがに公道からも見えるであろう。しかし、通報する者は誰もいないし、きっとこれから先もいないであろう。
マリアは人差し指を血だまりにそっとひたし、血のついた指をまじまじと見つめる。
この真赤な液体は彼の体内を循環し、この液体の所為なのか、お陰なのか、マリアに見えなくてそれでも大きすぎる愛を与え続ける。
この液体を噴いて、倒れ続けても。
いつか死ぬんじゃないかしら、あの人、と、そんなことを思いながら川で血のついた指を洗う。
でもだからといって私は辞めないけれど。
「リクくん」
珍しくマリアはリクに話しかける。
肩を大きく揺らして、きょろきょろとあたりを見渡す。
2メートル8センチの修道士の姿は、ない。こんな姿を見られたら一溜りもない。あの映画でしか見たことないようなマシンガンやら、例の黒いパイナップルで惨殺されること間違いなしである。
「マリアさん。なんでしょうか」
「リクくん、A型?」
マリアが血液型を聞くなんて、自分の呪いでもかけるのであろうか。
しかし、この荒川の橋の下のマリーアントワネット、いやヒトラー…いやそれ以上の独裁者のマリアに逆らってもいいことなんてひとつもない。
頭の良いリクは素直に答える選択をした。
「まぁ、そうですけど?」
じゃあといってマリアは手に持っていたものを渡す。
「な、なんですか?」
「開ければわかるわ」
布、さらにはアルミホイルで包まれたものを取り出す
そこには…
「レバ刺し…ですか?」
「そう、リクくんにだけ!どうしても食べてほしくて。それにホウレンソウ、これはP子ちゃんからもらって…このシラスはニノちゃんがとったものをかま茹でしたのよ」
語尾にハートをつけて、マリアはとびきりの笑顔をリクへ飛ばす。
その笑顔が逆に怖いが・・・
しかしさすがに毒は入っていないだろう。
「あ、はい。頂きます…」
「ありがとう、リクくん。じゃあまた持っていくわね!」
そういってスキップで歩いてかえっていくマリアをリクは怪訝な顔で観ていた。
「マリアさんが俺にプレゼント…」
「ほう、プレゼントだと…?」
2メートル8センチの修道士は音もなく、リクの後ろに現れてリクをすっぽりと包む大きな影を作っていた。
マリアの耳には愛のマシンガンの音が聞こえる。
彼女はこの音にも血だまりを見たときと同様にニヤニヤしていた。
これでシスターがいくら血を吹いても大丈夫、と。
「羨ましいなら羨ましいっていってくださいよ!!」