恐ろしい程に熱を吸収していくこの服を、着用している本人よりも暑苦しそうに彼女は見ている。
眉を寄せて、口元を僅かに歪ませて彼を睨みつけている。
もう少し日差しの強さの所為で気温が上がっているのなら、彼のシスター服は十分な日除けとなるかもしれない。 だが、まだ夏の入り口、その上ここは日本だ。湿気を含む熱さにはどうしても敵わない構造であった。
「暑苦しいわね」
「暑苦しいのではない、暑いんだ」
「ファンでもつけたら? そうすれば貴方の暑苦しい顔も少しはマシになるんじゃないかしら?」
眉を顰めたまま、彼女は何も考えてない様子で彼に言った。
しかし、秘匿を常としているから、こういった表情を彼女が浮かべるのは、意外にも彼相手ぐらいだった。 彼女の本心を見せてくれているのが自分だけのような気がして、彼の方は結構嬉しいのだ。流血はするけれども。
「まあいいエステぐらいにはなりそうな気はするけど」
「着用してもいいぞ」
何も考えなしに言った言葉に、彼は後悔した。こんな事を言えば、必ずや彼女から罵詈雑言を浴びせられ、そのまま自分は倒れるに違いない。
そして彼女と今日はそのままお別れだ。おやすみ、いい夢を、とでも言っておくべきか。昼前なのに。
だが、彼女の返答は意外なものだった。
「そうね、一回ぐらいは」
「…………」
「なによ」
「……いや、てっきり汗臭いとか言われるかと」
「そんなの、後で言うに決まってるでしょ」
彼女のあっさりとした一言に、シスターは後ろに卒倒しかけたが、左足を僅かに引いて耐える。こんな場面で倒れてたまるか、と。
「さすがに全部は無理だ。ヴェールだけでいいか?」
「良いわよ別に」
彼は黒いヴェールを器用に剥いで、彼女に被せようと、一度大きく広げた。だが、そこで手が止まる。
「……何よ」
自身のヴェールを持ったまま動かない彼を、不審げに彼女は見上げた。

――だって、これではまるで、

「貸して」
マリアはシスターのヴェールを奪い取り、自身の頭から被せる。髪の毛の桃色とヴェールの黒。 このコントラストが妙な映え方をしていて、見てはいけないものを見ている気分に陥る。
「意外に暑くないわね」
「まあ、これだけだとそうでもないだろう。全て着こむと暑いがな」
シスターは一刻も早く、それを返却して頂きたかった。彼女が事実に気が付く前に。
何も言わずとも、彼女は彼の思惑通りに、早めにそれを彼へ返した。マリアは少しがっかりした―むしろつまらない―表情を浮かべている。
自分の本意に気が付かれないように、シスターはさっと被り直しながら、彼女に聞いた。
「期待外れだったか?」
「なんていうか、お嫁さんになったって感じよね」

おやすみと言う暇もなく、倒れるかと思った。
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