大事なところで途切れて、窓がぎしぎしと揺れると不快なノイズが発生して聞き落としそうになる。音という情報源しかない分、ラジオは不便だがテレビをつける気にはなれない。チャンネルが遠い位置にあったからだ。それに今の時間は昔流行したドラマの再放送しかやってないのでつけても仕様がない。唯一わかったことは東京23区で暴風注意報が発令がされていること。そんなことは外の様子を見れば一目瞭然なのだが。
 外とは裏腹に教会内部はひどく静まり返っている。外の世界は乱れているのに ―まるで橋の下と、橋の上のように― ここだけは安定を保っているように見えている。
 外界は様々なものが飛散し、缶やビニールが草木に引っかかっている音。だれかの家の隙間に風が吹き抜けて、気味悪く橋の下に響かせる。それをBGMにして、昨日、満開と言われたばかりの桜たちが枝という主をなくし、ようやく自由になったように踊り狂っている。
 横目でそれを一瞥するような視線を流したが、思わず二度見をして目を見張った。
 桜散る中、人が消えていく。桜にまみれて、消えていく。
 シスターは椅子が倒れてしまったのも、軍隊着なのも気にせず、出て行った。出ていく、というよりは追いかけた。その人物を。それは戦場で数的不利という事態に見舞われ、全力疾走した時より早かったと思われる。横風など気にせず、シスターは消えていく人物に声をかけた。
「あら、シスター何か御用?」
 花弁が枝から放たれていく姿を桜の木の下で仰ぎ見ていたのはマリアだった。
「昨日見そびれてしまったから。明日はこれに輪をかけて暴雨だっていうから見おさめね」
「それだけか」
 そう口にして、マリアの肩をぐ、と押してそのまま桜の樹に押し付ける。白すぎる胸元にはらりとに薄い桃色の桜の花びらが落ちて、それがヤケに浮いてみえる。その光景がやけに淫靡で、風がうねる音が大きすぎて、車の音すら聞こえないのも相俟って外だというのを忘れる。
「…変態」
 先程の声色より1トーン以上低音でそういってもシスターは何も言わなかった。血すら、吹きださなかった。胸元の桜はどこからともなく吹く風に吹き飛ばされる。その行き先は桜も風もわからない。
「どこへ行く」
「はぁ?」
「どこへ行く、と聞いている」
「…牧場に帰るけど」
 マリアの髪の毛には桜が多数絡まって、それは胸元の花弁よりなじんでいて、どれが桜でどれがマリアだか、シスターは混乱をする。シスターは花弁を一枚一枚取って、空へ放つ。たまに髪の毛を手にとってしまって、それは風に僅かに乗った後、重力に比例して落ちていく。
「行くな」
 もう、とシスターは言って最後の花弁を取る手を止めた。
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