ドアを叩く音がする。TVに集中していた神楽もさすがに夜の来訪者の異変に勘づき身構える。普段であればこんなことで身構えたりなどしないのだが今日は銀時が不在。一回目の音は銀時が酔っぱらって帰ってきたのかと思ったがそれならインターホンを使うだろうし、鍵は外にある鉢の下に置いてある。そもそも酔っぱらって帰ってくるような時間ではない。その上定春が大きく反応をした。つまりは相手は依頼人ではない。
 戦闘に備えてTVを消し、ついて来ようとする愛犬の頭を少し撫でた。不服だ、と言わんばかりの顔をしたが大丈夫、と神楽が言えば、その意向に従って奥の和室に移動した。
 神楽の方は急がず玄関へ向かう。中から相手を見定めようと思ったが、誰かは解らなかった。ただ叩き方からして男であることは確信した。重くて今にもたたき割ってきそうな乱暴な音。
「なんアルか」
 玄関のたたきに裸足で降りて、キャサリンでなくとも開けられてしまいそうな鍵をがちがちと動かす。ネジのように留め金を穴に回し入れる様式なのだが、相手は尚もドアをたたき続けるのでうまく鍵が外れない。神楽は急かすなヨ、叩いて開けられないネ、というと外に居る者は叩くのを止めて大人しく待った。
 何かあると困るので傘立てから愛用の傘を引っこ抜いて、最後のひと回しをすると留め金が外れ、引き戸に手をかけると相手は待てないのか、強引に開けた。神楽が見上げるとそこには瞳孔は完全に開ききり、鞘に納めていない刀を持って沖田総悟が立っていた。刃には血がべっとり付いていたにも関わらず沖田自身には一切血が付いていない。強いて言うなら刀を握っている右手の親指に少しだけ血が付いているだけだった。ひどく興奮しているようで視線がうつろで吐く息は不規則。聞いていると釣られてこっちまで苦しくなりそうだった。
「オマエ、どうしたらそんな斬り方出来るネ」
 沖田は後ろ手に引き戸を閉めるとそこへ寄り掛かって途切れ途切れに 「俺ァ天才だからな」と言う。血が滴る刀を鞘に納めて胸を大きく膨らませて息を吐いた。
「何人斬った?」
「五人からは覚えてねェ」
 刀を床に落とし、沖田は神楽に抱きついた。抱きついた、というよりは押したされたという方が正しい表現だろう。その時の神楽はまったく抗わず、そのまま後ろに倒れこんで頭を思い切り玄関の床に叩きつけられた。赤星、白星、緑星がちかちかと眼前で回った。
「万事屋はふーぞくじゃないんですけど」
 いつも通りの悪態をついても沖田は反応をしなかった。抱きついても沖田は肩で息をし続け、体は熱いのに神楽の頭に掻き入れてきた手はひどく冷たかった。酷い脂汗で神楽の服や顔は濡れてしまった。それが血よりはましなのかどうか神楽は解らず、沖田を抱くことも出来ずに天井を仰いだ。
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