子供とは怖いもの知らずである。
 上司に抱っこされて鬼に抱かれているかのように泣く子供、 やーさんの背中を見て「お花が咲いてる」、葬式の最中にチューリップを歌うのもそれに準ずる。 その行動を子供が行った際、親は顔をたちまち青くさせ、その場を必死に取り繕い、子供は家に帰った途端うろ覚えでしかない自身の行動を掘り返され、怒られ、しまいにゃ拳骨までくらうのだ。
 しかし彼らの言葉や行動には虚飾というものがなく、大人よりもずっと真実に沿って生きている。
 無論、男の目の前にいる子供も例外ではない。腰に携えた刀や制服が目に入らないのか子供は男を指さして
「あ、神楽ちゃんの彼氏だー」
 と言いながらけたけた笑う。
「え、かれし?」
「キスした?」
「うわーキスだって!!えろ〜い!!」
「彼氏じゃないぜ、神楽のこれだぜこれ」
 リーダーらしき太った子供が小指を一本上げて見せる。 その小指の様子を子供達は厭らしい目で見つめ、そのまま流れるように男を見た。
 子供達からしたら神楽の彼氏、そして小指である沖田は見かねて
「あげるとしたら親指だぜィ」
 沖田は丁寧に訂正を入れる。だが親指も彼氏も同じ意味だということは言わずにおいた。 いずれ判るであろう事を今言わなくてもいいだろうし、自分が言う必要はないと判断を下した。
「神楽ちゃんまだ来てないよ」
 土方からの逐一入ってくる小言に辟易としていた沖田はパトカーを止めてここにかき氷を食べに来ただけである。 小さな駄菓子屋だが安い上に無駄に高いクオリティ ―相手が大人だからというのもあるが― のかき氷を出すことで一番隊の隊士の間では有名だった。上等な水で作られた氷を使用し、 味も種類が豊富。いいかき氷機を使っているのとおばちゃんの 腕が良いため人気の茶屋に負けず劣らずの粉雪のようなかき氷を作り上げる。おばちゃんの機嫌がよければ同じ値段で果物のトッピングのおまけ をしてくれる。沖田はそこまで甘味処に拘るタイプではないがかき氷はここと決めていた。
 つまり沖田は決して彼女に会いに来たわけではない。ただ彼女がここの駄菓子屋を贔屓にしていることは知っている。 パトロールの際にパトカーの中から彼女が一人または子供達と共に駄菓子屋の前でうろちょろしているのを何回も見かけたことがあるからだ。
「かき氷を食べに来たんでィ」
「俺におごってくれよー」
 と一人が言うと俺も、俺もと次々に口にする子供達の群れを掻き分けて店の奥で扇風機の前で涼んでいるおばちゃんに
「氷ひとつ。いちごミルク、じゃりふわ、ミルク少なめシロップ多め、ミルクは氷の間に入れてくれィ」
 と注文をする。
 はいよ、というとおばちゃんは重い腰を無理やり起こして古ぼけた大きい冷凍庫から氷を出し、 そのままかき氷機にセットした。着物の袖をまくってハンドルを勢いよく廻す。さらさらと氷がガラスの器に積もっていく。沖田よりも前でその様子を子供達は 今にも涎を垂らしそうな勢いで見つめている。
「注文の仕方かっけー。じゃりふわってなんだよ」
「つーかミルク上からかけたほうがいいじゃん」
「バーカ、上からかけたらいちごミルクしか味わえねぇが間に入れればいちご味といちごミルク味両方楽しめるだろィ」
 自論を展開すれば沖田とかき氷機の廻りを囲う子供達から感嘆の声が上がる。
 そうこうしているうちにおばちゃんが200円、といって氷と共に手を出す。 その手の上に200円を置くとおばちゃんは再び店の奥へ引っ込み、扇風機の風を存分に浴び始める。 暑さかそれとも真昼間にまともに菓子も買わず騒いでいる子供達に対してどちらに苛立っているのかは不明だが 今日は機嫌が悪いらしい。氷の上には果物が乗っていなかったからだ。
「いいなー」
「一口くれよ」
 子供は何故こんなにも暑苦しいんだろう、と沖田はかき氷をかき込みながら思う。 自己領域が狭すぎるし、体温は大人より高いし、何せ今の今まで走り回っていたらしく 駄菓子屋の前の長椅子に座っている沖田を囲むようにしているから汗の匂いが籠る。
 1人か2人くらいならいいと思ったがさすがに10人はまた集られる可能性があるため奢る気にもなれない。 頭がおかしな痛みを感じながらも子供達からかき氷くれくれビームを浴びながら食べてちゃ 土方の小言を聞いているのと同等に不快である。とっとと氷を食べ終えてこの場を去った方が賢明であった。
「自分の金で買え。おまえら全員に上げちゃ俺の食う分なくなりまさァ」
「もう金がない」
「さっき神楽ちゃんの酢昆布買ってなくなっちゃった」
「……なんでおまえらがあいつの酢昆布買ってんだよ」
 かき氷をかき込む手を止めて子供達を見た。その問いかけに子供達もかき氷から気が反れ、ようやく沖田から距離をとった。
「前、お前カブトムシ狩りして獲ったじゃん。俺の曙Xとか」
 前、といってもつい先週の話だった。
「あぁ、あれは悪いことしたな」
「まぁ俺達もカブトムシ相撲には飽きてたから別にいいけど。今は蝉取りが激アツだからな」
 子供心は秋の空― そんな合ってるようで間違った言葉が思わず沖田の頭をよぎる。 蝉取りよりカブトムシ相撲の方が余程エキサイティングなはずなのに子供の好奇心は突拍子もない方へ行くものだ。 しかし一度しかない夏休み、同じ事を繰り返してはいられないのだ。
「そう、今はどれだけ大きい蝉を取って競うんだ」
「まぁションベンひっかけられるけど」
「俺もさっき顔ひっかけられた」
「だっせー」 
 どんどん話が反れる子供達の軌道修正をする、大人の役目はそれだと思って沖田は、 で、酢昆布と言って修正を施す。
「そうそう。俺達すっかり飽きてたんだけど神楽の奴、俺達の分のカブトムシを捕ってきてくれてさあ」
「神楽ちゃんが家族の人と山でカブトムシ狩りをしたからってくれたんだ」
「お礼にと思って神楽ちゃんに酢昆布をみんなでいっこずつ買おうかっていって買ったんだ」
「へぇ」
 再びかき氷を、次はかき込むのではなく味わうようにしてゆっくりと匙を進めた。だがその顔は先程よりも機嫌が悪い。敏感な子供はそんな沖田を遠まきにする。 しかしリーダー格、よっちゃんと呼ばれている少年は残念ながら敏感な方ではなく
「奢れよ」
 といって沖田に突っかかった。その突っかかり方は寛大な方であると自負している沖田でも鼻についた。
「…なんでィ」
「お前が俺達からカブトムシを奪っただろ」
 よっちゃんは鼻の穴を大きく広げてそんなことをいう。それになんとなくだがカブトムシを獲ってしまったという良心が痛む。沖田は両手を挙げて降参をした。
「わーったよ、おまえらにかき氷奢ってやらァ」
 ただし一回こっきりだ、と付け加えて沖田は財布を取り出した。その一言を待ってましたといわんばかりに子供達は駄菓子屋に雪崩れこみ、 昼寝をしかけていたおばちゃんの顔を曇らせたが10人分のかき氷、と伝えると気分は上々、氷を喜々とセットした。
 しかし沖田に白旗を振らせた張本人は奥まで来ず、入口で突っ立っていた。2000円をレジに置いてよっちゃんに沖田は近づいた。
「おまえ食わねぇのか」
「さっき言ったのはそっちの奢れじゃなくて酢昆布を奢れって言ったんだ」
 神楽に。よっちゃんは沖田を冷めた目で見つめる。肉で盛り上がって細くなってしまっているが眼光が鋭利なのは感じとることが出来た。
「真っ平御免だな、そりゃ」
「お前のカブトムシを奪った尻ぬぐい、神楽がしてんだぞ」
 神楽も含め、かぶき町の子供達は他の地区に住む子供達より ずば抜けて大人びた子供がいる。ありのままの大人と密接になる機会が多いからであろうが沖田の目の前にいる 敏感ではないが少年もその一人だった。
「神楽にお礼のひとつやふたつ、してもいいんじゃねーの?」
 子供とは極稀に大人よりも正論を唱える。大人特有の体裁やプライドもなく 余りにもど真ん中過ぎて戸惑う程の正論を。
「おっばちゃーん、酢昆布くれヨー!!」
 いつもの番傘を差したまま店内へ沖田とよっちゃんの間を割って進入してくるのはタイミング悪く神楽だった。 神楽は沖田が視界の隅に入るや否や
「あああああテメェ何やってるアルかぁぁぁ!!うぜぇんだヨ!!」
 まだ何もしていないのに普段通りに突っかかる神楽に沖田は大きく溜息をついた。しかしよっちゃんの目は未だ笑っていない。 異変に気がついたのか神楽は戦闘態勢を緩め、番傘を閉じた。
「…何アルか、きしょいアル」
「てめーも変な気回してんな、きしょいぜィ」
「ああん?」
 沖田は右手に持っていた財布から千円を出し、10人分の氷を捌こうと躍起になっているおばちゃんに渡した。 おばちゃんはなんだこの忙しい時にという顔をしていたが、
「こいつに酢昆布トッピング氷出してやって。釣りはいらねェ」
 と沖田が言うと顔は一気に煌めいた。それと対照的に神楽の顔は怪訝、だがよっちゃんの顔は子供顔に戻り子供の輪の中へ入って行った。 沖田は外にある長椅子に再び座って残りの氷に手を付けた。
「あーもうただのいちごミルクになっちまった…」
 匙で掬ってはみるものの、窪みにはピンク色の液体と溶けかけた氷がほんの少し浮かぶだけであった。 まだ温くなっていないことが唯一の救いなので液体ごと飲み乾そうと器に口をつけるといつの間にか神楽が見事に酢昆布トッピングされた氷を持って立っていた。 ふわふわの氷に酢昆布が無数にささり、抹茶のシロップとあんこ、その上からたっぷりとミルクがかかっている。
 沖田は器から口を離した。
「氷への冒涜でさァ、酢昆布にミルクとはひでぇ」
「何アルか、これ」
「お礼じゃないぜィ」
 子供達はおばちゃんの機嫌が最高潮なため扇風機を店内に向けて椅子を引っ張り出しそこにそれぞれ座っていた。 座り損ねたのか沖田につっかかりにきたのかは謎だが、神楽は外の長椅子を選んだらしく、沖田と若干の距離を取って座った。
「だろうな。お前が私にお礼なんてするわけないアル」
「だがカブトムシ配りを施行した件に関しては腑に落ちねぇがな」
 大食らいの神楽が未だかき氷に手をつけていないのは奇跡に近かった。地面の照り返しに耐えきれず、その上粉雪のような氷はみるみる内に溶けていく。刺さっている酢昆布と匙がじょじょに傾いていく。その様子に気が付き、神楽は匙だけ口に咥えて
「定春22、あれ28、いや29?まぁどれでもいいや、あの金ぴかのカブトムシ、私が捕らなきゃあんなことにならなかった。死ぬ羽目にはならなかったヨ」
 神楽は器用に匙をくいくいと上下に揺らした。口にくわえているため声はくぐもっていた。
「だからせめてもの償いアル。あいつの分だけカブトムシ大切にしてほしいだけだヨ…お前のためなんかじゃない」
 だから食べれないヨ。そう呟いて匙をかき氷に戻しかき氷の器を沖田に渡した。
「俺はもう食ったんでさァ。それ食ったら流石の俺の肛門括約筋もピンチになる」
「お前に借りを作るのも貸しを作るのも嫌なんだヨ」
 受け取った氷の匙で氷を一掬いして神楽の口に無理矢理押し込む。匙が咽喉を突くとオエ、と声を出して神楽は涙目になりながら沖田の胸倉を掴む。
「ああああ!?テメー何すんだヨ!!昼ごはんオールリバースするところだっただろうがぁぁぁぁぁ!!!!」
「いいから食えよ。胃袋永久拡張女が食いもん我慢するなんざ、まさにきしょいぜィ」
 自分のスカーフを掴んでいる神楽の手首を握り、離すように促すと神楽は未だ納得のいかない顔ではあったがゆっくりと手を離した。沖田は乱れてしまった スカーフを正す。
「ま、その氷はいつかお前に俺が返すであろう借りって事にしておいてくれィ」
「なんだお前私に助けられたいアルか?」
「死ね」
「おまえが死ネ」
「おまえはもっと死ね」
「おまえはもっともーっと死ネ」
「じゃあ今すぐにお前に助けてもらうとするかィ」
 明らかに何か言いたげな神楽を横目にいちごミルクと化した氷を飲み干した沖田は空いた器をおばちゃんに渡すついでに子供達に声をかける。
「あいつに渡すもん、あるんだろ」
「あ、そうだ!!神楽ちゃん、これ!!」
 子供達が器を持ったまま神楽を囲むようにして群がった。我先にと酢昆布を渡し、口々にその酢昆布の意味を説明すると神楽は
「別におまえらに貰うほどのことしてないアル。だけどお前らがどうしてもあげたいっていうんなら貰ってやろう」
 なんて言いながら満面の笑みでそれを受け取った。両手に溢れるほどの酢昆布をぎゅうと抱きしめて。
 店の入り口の通路を完全にふさいでいる子供達に「道路交通法違反で補導するぜィ」なんて言いながら群をかき分けてパトカーへと向かった。
「おい!」
 沖田を呼びとめたのは神楽だった。群のど真ん中でその上椅子に腰かけている所為で頭のてっぺんしか沖田の位置からは見えなかった。
「ごっそーさん」
 神楽は空っぽの器を高くあげ、ふりふりと振った。 子供達もそれに倣い「ごちそうさまー」と口にし図々しい子供だと「また奢ってね」と叫んだ。沖田は振り返らず、手を高くあげひらひらと動かした。それを皮切りに子供達は再びそれぞれに散り、食べ終えてない氷に手をつける者もいれば網を持って炎天下をかける者もいた。
 パトカーへ乗り込むと日陰に止めていたからとはいえ、どろっとした熱気とパトカーにうつりきった煙草の匂いが沖田の顔を顰めさせる。
 エンジンをふかし、クーラーを利かせ、熱気を逃がすためにドアを開けしばし車内が冷えるのを待っていると2、3人の子供達が路肩に止まっているパトカーを追い抜いていった。その小さな群の一番後ろの子供を沖田は引き止めた。 近くに寄らせ、耳打ちすると子供は目を輝かせ再び駄菓子屋へ駆けていく。沖田は急いでドアを閉め窓を全開にして、アクセルを踏んで走り出す。
 それと同時に神楽の
「死ねヨサド丸この野郎ぉぉぉぉぉ!!」
 という声と子供達がヒューヒュー!!とからかう声が聞こえる。
 バックミラーで確認すると顔を真っ赤にして地団駄を踏む神楽。それを取り囲むように小躍りしながら親指を立て神楽と走り去るパトカーを交互に見つめる子供達。 響き渡る声に蝉が呼応するように鳴き出して今なら蝉取り最大のチャンスであるにも関わらず子供達はそれどころではなかった。
「ざまァみろばーか。ガキが大人ぶりやがって。せいぜい尻ぬぐいでもしてろィ」
 という沖田にトランシーバー越しに上司からの「テメェの尻ぬぐいは誰がしてると思ってんだァァァァァ!!」という叫喚が聞こえた。
inserted by FC2 system